薄墨

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芋虫の気持ち悪さは、上から見たせいなんだと思う。
細いアスファルトの道を、アオムシが這っていた。
鮮やかな黄緑色のアゲハのアオムシは、ふっくら膨らんだ偽の頭の節の下から、もわっとした柔らかな頭を懸命に伸ばして、せっせと足を進めている。

しゃがんで覗き込む。
離れてみると、うねうねら、ぐにゃぐにゃと決まりなく動いてみえる体だが、近くでよく見てみると、つやつやの節の下に、みっちりちょこちょことついた小さな足たちが、規則正しく動き続けているのがわかる。

顔を上げて辺りを見回す。
アオムシが道を見つめてせっせと歩いているその先を辿ってみる。
どうやらアオムシは、校庭の隅の小さな畑の、蜜柑の木を目指しているようだ。

放課後の校庭は騒がしい。
みんな、放課後にはまだお家の人が帰っていないから、学校が終わったら、学童の教室へ下校する。
それから、学童の教室で宿題を終えて、校庭で遊ぶ。
僕も、みんなも。

だから、今も校庭は騒がしい。
ついさっきも、鬼ごっこをしている一年生が、僕とアオムシの脇を走り去っていった。

踏み潰されたら可哀想だ。
それに、踏み潰しても可哀想だ。
三年生のあの子は、今日はおろしたての新しい俊足で来たと自慢していたし、今日、僕たちの学童教室に来ているアルバイトのお姉さん先生は、虫が苦手だ。

僕はアオムシにゆっくりついていって、見張ることにした。

校庭では、低学年の子たちが、きゃあきゃあと声を上げながら、走り回っている。
元気の良い子たちに囲まれて、六年生のリーダーが大声を張り上げる。
「グーとパーで分かれましょ!!」
向こうの鉄棒では、高学年のおとなしい子たちが2、3人くらいで固まって、お話をしている。

僕はゆっくりアオムシについていく。
アオムシの足は、意外とゆっくりで意外に早い。
じっと見ていると遅いけど、ちょっと校庭に気を取られると、いつのまにか一歩分くらい前にいる。

おばさん先生が、別の先生とお話をしている。
お姉さん先生は汗を拭いながら、小さい子と一緒に校庭を走り回っている。

カラスが鳴いてる。
かあかあ

僕はアオムシについていく。
このアオムシ、首のあたりに青いラインが入ってて、カッコいい。
なんだか、中学生とか高校生のお兄さんたちが履いてる、スマートな運動靴みたいだ。

なんで緑なのにアオムシって言うのか、今まで分からなかったけど、今分かったかもしれない。
きっと、この青いラインの青なんだ。
だって、ピカピカの黄緑の中にくっきりと引かれた青は、本当にカッコいい。

僕はアオムシについていく。

「鬼ごっこに入らんの?」
振り向くと、汗まみれのお姉さん先生が立っていた。

僕は首を横に振る。
ちゃんと断る理由も言った方がいいかな?と思ったけどやめておいた。
お姉さん先生は、虫が苦手だから。

「本当にいいの?」
お姉さん先生は、不満そうな、心配そうな顔で、そう聞いた。
「うん、僕、しない」
僕はダンコとして言った。

「…そっか、入りたくなったらいつでもおいでね!」
お姉さん先生は、ちょっと困ったような顔をしてそう言って、校庭へ走っていった。

僕はちょっとホッとして、それからまた、アオムシについていった。

アオムシが学校の畑の土についた時、笛の音が聞こえた。
外遊びの終わりの合図だ。
僕はまた、ホッとした。
アオムシがここまで来るのをちゃんと見れてよかった。
ホントは木に登るところも見たかったけど。

「帰るよー!」
おばさん先生の呼び声が聞こえる。
賑やかなみんなの声が、おばさん先生の方に移動していく。

バイバイ
僕はアオムシに手を振って、走り出す。

五時のチャイムが、放課後の校庭に鳴り響いた。

10/12/2024, 12:33:41 PM