nijino

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飛行機の音がする。距離は離れているのに、風を切ってごおごおと音を立てている。
同時に聞こえるエンジンのような音は、風を切る音よりも少し高い。エンジンの穴が空よりも小さいからだろう。
エイは今日も仕事のはずだが、暇でやることがない。一人きりの部屋で目に映るのはパソコンの編集されない表計算ソフトの罫線、だが心は上の空だ。

エイには1ヶ月後、飛行機に乗る予定があった。もともと旅行は好きだが、飛行機に乗るのはずいぶんと久しい。車や電車よりも持ち込み制限が厳しいので、慎重になってしまう。
そんなわけでエイはもう旅支度を始めていた。スマホのバッテリーや液体の持ち込みは問題なかったか。チェックインはどのくらい前に済ませておかねばならないか。休日はもっとゆっくりしたいのに、昨日はそれだけで1日が過ぎてしまった。
そして週が明け、相変わらず大きな仕事はないままだ。
カーテンに遮られて空は見えないが、エイはその先にある青空を想像する時間が好きだった。目に見えないから、どこまでも想像ができる。あの音は海外へ飛ぶのか、まだ高度を上げているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、パソコンがもうすぐ会議の時間だと告げた。カメラ越しに無意味な時間が始まる。いや、そうすると飛行機について考える時間も無意味なのか?段々とカーテンの向こうが曇り空に見えてきた。

案の定、会議では新しく決まったこともなく、エイに振られる仕事もなく終わった。会議用の顔をやめて椅子にもたれ掛かる。
会議が終わると夕方だ。飛行機の音は変わらず聞こえてきている。カーテンの影には僅かにオレンジ色が落ちていた。
エイは自分の目標を見失っていることに気づいていた。目標がないから仕事が暇になってしまうことにも。
飛行機の目標は高く飛ぶことではない。客あるいは荷物を遠くへ運ぶことだ。エイもこの後運ばれる予定がある。
飛行機はこんなにも雄大な音を立てているのに、エイよりもはるかに速く動いていて、1日何本も忙しなく往復していた。そう思うと、ふとカーテンの向こうを見たくなった。

午後の空は眩しい。雲はなく、遠くに飛行機が見えた。飛行機は決して速くは見えないが、間違いなく動いていた。
エイも全く仕事をしていないわけではなかった。日々淡々と同じような業務をこなしてあとはやることがないだけだ。
飛行機と自分、違うのにどこか似ている。エイは自分も動けているはずだと勝手に結論づけた。
明日も仕事をする。それでいい。どんなことでも、経験は高く積み上がっていくはずだ。
飛行機に生きる意味をもらったような気がして、エイは少しだけ前を向いた。

10/15/2024, 8:20:14 AM