ゆめ。

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#💧 #🎴 #無気力系主人公

 瞼を上げると、目の前で小さな女の子が男と女の間に挟まれ、手を繋ぎ、幸せそうに微笑んでいる。舗装された道を歩く男と女は夫婦なのであろう。目元は煤で汚れているかのように見えないが、ずっと笑っているのは見てわかった。幸せな家族、とはきっとこういうものを指すのだろう。どこか見慣れない、けれどもよく知っているはずのその光景に、私はもう、戻れない。




 
「おかあさん!おとうさん!はやくはやくぅ!」
「はやくはやくぅ!!」

 誰かの声が聞こえて段々と意識が浮上する。目の前にいるのは2人の手を繋いだ女の子。彼女たちの目線の先にいるのは2人の男女。見慣れた着物姿、どこか見覚えのある顔。2人とも早いなぁ、なんて言いながら歩いている。彼らが向かう先には木造の一軒家。辺りは木に囲まれていて、時折川のせせらぎと共に鳥の声が聞こえてくる、そんな家。春になると桜が咲いて、夏になると緑いっぱいの森になる。秋は枯葉が落ちるからサツマイモを食べられる。冬は、雪合戦ができる。…そんな、家。

「……?おねーちゃん?」

 走りながら家に向かう2人の女の子。もう少しで家に着く、というところで途端に1人の女の子が手を離して家に駆け込む。離された手が空中を彷徨う。

「──、ごめんね」

 どうして謝るの。どうして、泣きそうな顔をしているの。いつの間にか女の子は消えていた。家の中に佇む一家が見つめる瞳は私に向けられている。瞳は悲痛の色をしていた。何も知らない、分からない。なのに、なのに。そんなあなたたちを見て頬を伝ってやまないこの雫はなに?私は、その涙のわけを知ってる?忘れているだけ?

ぐちゃり。気味の悪い音がした後、家の中は血塗れになっていた。一家はもうそこにいなかった。





 真っ暗闇の中、どこかで誰かが叫んでいる。

忘れないで、覚えていてと。

怖がらないで、立ち向かう勇気を持ってと。

あなたはひとりじゃない。みんながついていると。

ずっと傍にいるよと。

だから何でもひとりで抱え込まないでと。


「苦しい、苦しいよ……」

 後ろからの声にパッと振り返る。女の子が泣いていた。姉と対照の青い浴衣を着た、長い髪を2つの三つ編みで束ねた女の子。父と母と姉が大好きで、よくお手伝いをしていた女の子。…私が壊した家族の、末っ子の女の子。私が"私"という意識を持って押さえつけてしまった女の子。

「おねえちゃん、これ以上苦しまないで」

でも、でも。私がいたから皆殺してしまった。本来ならばあなた達はこれからもずっとずっと、鬼なんて知らずに生きていたかもしれないのに。

「そんなことないよ。私たち家族は幸せだった。私がいた過去と、おねえちゃんがいた未来。ほんとに、幸せだったの。ありがとう、おねえちゃん」

待って、まだ、謝りたいことが、たくさんあるの!

「でも、ここに長く居るべきじゃないよ。おねえちゃんはおねえちゃんを必要としてくれる人のところにいなきゃ」

またね、おねえちゃん。そう言って落ちていく私に向かって手を振る女の子の目には涙が溜まっていた。けれど、どこか幸せそうで。それに私は少し安心してしまって、意識が沈んでいくのに耐えられなかった。





「………さん、……みさん、澄実(すみ)さん!!」

 ぱちりと目を開けるとそこには見慣れたみんながいた。命を懸けて大切な人たちを守る、同じ志をもった仲間。
あぁ、還ってこれてよかったと柄にもなく思ってしまった。


【心に映る風景は、私の一番深い後悔】

続く。

8/30/2025, 3:37:55 AM