これは、きっと悪い事だ。
深夜。あと少しで今日という日が昨日に変わる、境目の時間。
人工的な明かりがほとんど消えた暗い道を、神社の境内に向かって歩いて行く。
右手から感じる小さな温もり。逸れないようにと繋いだ少女の左手。
悪い事だ。
夜に外を出歩く事も、傍らの少女とこうして一緒にいる事も。
大人達の言いつけをこうして破るのは、とても悪い事だ。
『村外れの館に住む白い娘に関わってはいけない』
何度も大人達に言われた言葉。けれども、一度だってその理由を語りはしなかった。
白い娘。その身は病的なまでに白く、夜の光の下でしか生きられないという。
見た目の白さ以外、自分と何ら変わりのない好奇心旺盛な少女は、いつの間にか気の置けない親しい友人の一人になっていた。
だからーーー
ふと、微かに上がる息を隣から感じて、立ち止まる。
「大丈夫?疲れたら言って、おぶっから」
目線を合わせてそう囁けば、小さくかぶりを振って否の意思を示された。
次いで、繋いだままの手を軽く揺すられる。
「早く、行こ?流星群、見たい」
楽しみを抑えきれない声音で、歌うように少女は囁く。
合わせていた目線は、とうに神社の方へ向いていた。
「分かった。でも、無理だけはしないでな」
小さく息を吐いて念を押せば、返事の代わりに先程よりも強く繋いだ手を揺らされる。
今にも手を振り解いて駆け出してしまいそうなその様子に、先程と違う苦々しさを含んだ息が漏れた。
もうこれは、何を言っても聞かないだろう。
ならばこちらも実力行使に出るまでと、揺らされる手を強めに引いて、倒れ込んだその華奢な身体を抱き上げた。
「っ、歩ける!まだ、歩けるってば!」
「こっちの方が、早い」
「重いからっ」
「羽根みたいに軽いから問題ない。むしろ、太れ」
「っっっ!!」
驚く少女の抵抗を意に介さず、2人で歩いていた時よりも速いペースで歩き出す。
その振動に反射的にしがみつく少女は、もう何も言えないのか肩口に額を擦り付け意味を成さない呻き声を上げ始めた。
「バカ、変態、バカ、悪い子、バカ」
「悪い子で結構。あと、バカ多い」
「っ。バーーーカっ」
朝が来れば、大人達に叱られるのだろう。
言いつけも守れない、悪い子供だと。
何度言っても聞かない、どうしようもない子供だと。
それでも、この幼子のような少女〈とも〉との関係を止めるつもりはなかった。
元より、理由のない言いつけに納得はしていなかったのだ。
もう、自分は言われた事を守るだけの純粋な子供ではいられない。
けれども、納得出来ないものを無理やり納得できるような大人にも成りきれない。
だから、今だけは。
今は、自分の意思で、感情で。
少女と手を繋いでいたかった。
20240427 『善悪』
4/27/2024, 2:18:59 PM