ナナシナムメイ

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〈お題:永遠の花束〉


「枯れない花をください」
そんなものはない。そう言う言葉を躊躇う程度にはその客人は怪しげだった。

全身黒ずくめの男。
国民的人気のある服装とは程遠い安物感。

彼はじっと私を見て、しばらくして視線を外した。

「この僕の想いが枯れないそんな花が…」
彼の迷走は果たして永遠たるのか。
そんな疑問に突き動かされた私は…思わず尋ねていた。

「どんな想いなんですか?」
私の質問に彼は、口より先に目が答える。
「そ、それは…」
恋。或いは愛。彼は今、盲目なのだ。

薔薇一本で充分ではないか。なんてことを考えていると、彼の口が回り始めた。

「そう…この感情は偽りです」
はて、そんな風には見えなかったけれど、彼は自身の感情をそう評価しているらしい。

「なぜ…偽り?」
彼の安っぽい怪しさは今や貧乏人のそれにしか見えなくなっていた。

「えぇ…本当は興味も関心も向いていないんです」疑問が疑問を提示する「…?」

「思い返してください。アナタの日々の行動を」…数分前に初めて彼を見たのだ。日々の記憶には、居ない。そんなことを思い返させて何が狙いか。実はずっとそばにいたとか…。沸々と恐怖が胸に湧いてくる。

「君の思惑に従ってあるく道理はない」
すぅーと血の気が引いていく。知らない事で恨まれているのではないか。
「アナタが僕を人として見ていなかった。だからこそ、アナタの記憶にはない」

しかし、そこまで、…最低限、人を人として誰とでも接してきた私が彼を“人として認識できなくなる”まで人間扱いしていなかった…というのは無理のある話だ。

何より…「誰に向けた花ですか?」
こんな不安を感じながら質問していい内容ではないはずなのに、彼の視線の先にある花を見て嫌な事を考える。良い意味でみんなが贈り合う素敵な花なのだ。

「お前だよ」
間髪入れずの返答に、肩唾が喉に引っかかる。
「わ、私ですか!?で、でも、興味も関心もないって…」

こんな人から貰う花など嬉しくはない。
「そう言わずに、受け取ってください」
無造作に彼が手に取った花の束がカウンターに置かれる。彼が手にしたスイレンにギョッとする。
「…私に、ですか?」
会計を終えてその花束を抱えた彼が一本の睡蓮を私に投げ寄越して去っていた。

2/4/2025, 9:49:53 PM