ナナシナムメイ

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〈お題:子供のままで〉
僕はいつも1人だった。
奈良公園で野生の鹿を愛でる毎日。
僕は決まって晴れの日に手作りのメンチカツを持参する。

鹿せんべいを取られて泣いている少女がいた。

僕は、それを横目にいつもの岩に背中を預けて空を見上げた。今日は快晴か。

「空が青いなぁ…」
ちょうど一年前、僕は1人だった。
父親が再婚したのだ。以来、僕は奈良公園に赴くのが習慣となっていた。

「そうだ。メンチカツ…」
小さなリュックに詰めた姉仕込みのメンチカツサンドを前に唾を飲み込む。

悔しいが、僕はコレに抗えない。
食欲を刺激するニオイとボリュームに釘付けになっていると、影が落ちた。

鹿かと思い目を見やると、そこには先程まで泣きじゃくっていた少女が物珍しそうにサンドイッチを見つめているではないか。

「…」
「…」
静かな攻防。或いは良心の呵責。
しかし、よその子に手作りのお昼ご飯を上げるのはよろしくないのではいか。ともなれば、少女の好奇心を他所に移すしかない。

「こんにちはー」
可能な限り優しく、丁寧に声を掛ける。
「、こんにちは。えへへ」

気まずい。と僕は思った。
接し方が分からない。きっと向こうもそうに違いない。

「ねぇ、お姉ちゃんのこぶん?なんでしょ?」
僕は何を言っているのか、何の話なのか、検討もつかなかった。

「だって、そのメンチカツ!」
少女は僕のお昼ご飯を指差してニマニマと嬉しそうに声を張り上げる。

「あー…そうだね。子分だよ」
姉と少女は面識があるのだと察する頃には、少女は嬉しそうに隣に座った。

「やっぱり!」
子供は無邪気だな。先程まで泣いていたのか疑いたくなるよ。

「あのさ、じゃあ、葵お姉ちゃんのことを本当に、あねーきって呼んでるの?そのメンチカツ、本当にブルーメンチカツって呼んでるの?ねぇ、ほんとう?」

「ブルーメンチカツ…?あねーき呼びは本当だよ」今度そう呼んでやろうと決意する。
しかし、メンチカツについて、はたしてそんな名前だったか。そんな名付けは知らなかった。

「やっぱり!葵お姉ちゃんのこぶんなんだ!」
今になって姉の名前由来の命名だったのかと理解する。
ブルーメンチカツは僕の胃袋を確かに掴んでいる。今度“あねーき”の前で“ブルーメンチカツ”とわざとらしく言ってみよう。面白い反応が見れるかもしれない。


どんな関係性なのかどう聞けば良いかと思案していると、少女は突然立ち上がった。
「あ、お友達が来たからばいばい!」

子供は風の子。嵐の様に去って行く。
ここまで来ると清々しいまである。

食べ終えたメンチカツの残骸をリュックに戻す。

「昔と変わっちゃったなぁ…」





5/12/2026, 5:36:14 PM