towa_noburu

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僕の祖父が大切にしていたフランス人形。ずらりと書斎に並ぶ様が子供の頃は怖くてたまらなかった。目と目が合うとその透明な瞳に全てを見透かされそうで、正直苦手だった。ある初夏の夜の事だ。僕は夜中にトイレにおきて、祖父の書斎の前を通りかかった。「あれ?」書斎の扉が僅かに開いていて中から囁き声が聞こえてくる。僕は半分寝ぼけていたが急に意識が覚醒した。心臓の音がやけにうるさい。このまま何も見なかったことにして通り過ぎれば僕はありふれた日常に戻れるだろう。けれど、声の主がそれを許さなかった。「おいで、坊や」月をバックライトに、フランス人形達はくるりくるりと踊っていた。僕は立ち尽くした。「お祖父様には今夜のことは秘密よ」クスクスと微笑みながらフランス人形は言った。立ち尽くす僕に構わずフランス人形は月夜の舞踏会を楽しんでいた。
あの後、僕はどうやって部屋に戻ってきたのか、正直思い出せない。それ以来頑なに僕は書斎へ近づくことを躊躇った。10年後、祖父の遺品整理をしに実家の書斎に足を踏み得れた時、僕は驚いたものだ。あの頃と違って埃を被っていた彼女達は、僕を見つめると、静かに透明な涙を流したのだった。
主人亡き書斎の人形達。彼女達は祖父が亡くなった後も人知れず夜に踊っていたのだろうか。
真相はわからない。けど僕はあの時のように彼女達への恐怖はなくなっていた。共に祖父のいない悲しみを共有できる者同士、僕も気がつけば泣いていた。

1/16/2025, 10:16:43 AM