あると

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『夜景』

 上京して初めて、家に入った。

 マンションの購入も荷物の運び込みも、父と母がぜんぶ手配してくれたから、私がやることといったら荷解きだけ。

 せっかくの一人暮らしだというのに、こうもあれこれ世話を焼かれてしまっては、一人になった気がしない。
 
 大学は自分で決めたが、住居は私が何もしないうちに決まってしまって、正直、自立した感じがない。
 一人暮らしをはじめるのを節目に、「大人の道」を歩もうと思っていたのだが、そんな私の決意を知らない両親は、当然のように私の手を取って歩く。

「ここからは自分で行くから」

 どこかの道の途中でそう言わなければならないのに。
 私はまだ言えていない。

 怖い。
 親から離れるのが怖いんじゃない。自分が離れることを、親が拒んでくるのが怖い。離した手をまた掴んでくるのが怖い。
 私の両親は、そういうことをしてきそうな気がする。
 だから、まだ言えない。

 ……雨の音に誘われて、ふと、窓から外を見た。

 細かな水滴越しに見える夜景は、テレビで見たのと同じように綺麗だった。
 けれど、それはなんだか他人事のようで。
 この部屋のように、誰かに用意されたもののようで。

 窓から目を離し、またダンボールをひとつ開ける。

 荷解き途中のこのダンボールだらけの部屋は、まだ私のものじゃない。
 いつかくるだろうか。

 この部屋を、ここから見る景色を、私のものだと言える日が。
 誰かに囲まれて、寄りかかることを強制された状態じゃなく……私が私で歩ける日が。

9/18/2024, 11:39:18 AM