この人のことを初めていいなあと思ったのは、仕事帰りに飲みに行こうという話になったときだった。
残業していた彼と私と、彼とも私とも仲のよかった佐々木君の3人、帰りが一緒になった。
3人とも酒好きだったので、自然と飲みに行くことになったが、当時彼と私は仕事の関わりもなく、ほとんど話したことはなかった。
駅前までぶらぶら歩きながら、どこへ行こうという話になった。
向かう先には色とりどり飲食店が並んでいる。
どこがいいかね。
どこにしようか。
そんなことを言いながら並んで歩いていたが、3人ともシャキシャキ仕切るようなタイプではないから、そこから一向に話が進まない。
このままだと、どうしようーどうするーと言いながらぐるぐるこの辺りを徘徊し、そのうちダレてやっぱり帰ろうかという展開を迎えそうだ。
お腹が空いていて、一刻も早く何か食べたかった私は、駅の改札のすぐそばにある、韓国豚焼肉の店を思いついた。
毎日看板の写真がおいしそうだなと思いながら、まだ入ったことはない店だ。
どうしようーどうするーのループを早く終わらせたいものの、そこに石を投げるのは少し勇気がいった。
そこまで重いものは食べたくないかもしれない。
もっと安いお店のほうがいいのかな。
私はためらいながら「あの韓国豚焼肉の店は?」と言ってみた。
無駄にドキドキした。
そのとき、彼が「お、いいねえ」と言ってくれた。
寝ぼけたようなやさしさの、低い声だった。
小春日和に日向ぼっこでもしているような。
その「お、いいねえ」が、そのときの私にはとてもうれしかった。
ものすごくやさしくされたような気持ちになった。
そのまま3人でその店に向かい、会計時にみんなで引くほど飲み食いした。
それがきっかけで彼と私はよく話すようになり、のちに付き合うことになった。
どこへ行こうというときに、私が先にどこかを提案することが多いのだが、彼は相変わらず「お、いいねえ」と受け止めてくれる。
そのたびに私はほめられたようにうれしくなる。
そうして二人で今日も出かける。
彼は電車に揺られながら、隣でうとうとしている。
4/24/2025, 4:59:28 AM