「なーぁ、こたつあんのになんでみかんがないのー?」
「はぁー?人ん家で何言ってんだよ。自分で買ってこいよー」
確かに冬といえばこたつ&みかんである。生まれも育ちも日本ですから私もそんな常識は随分前から知っている。ストーブだけじゃ嫌だって言うからコイツのためにわざわざこたつを出てきたばかりなのに…。コイツはスっと立ち上がり何処か目的地へ向けて真剣な眼差しで歩き出した。不思議とその顔に見惚れて目が離せなくなっていた。部屋を出て何処かの扉の開閉音がした。そして戻ってきたコイツは
「なぁんだ。みかん、あんじゃん。俺のために買ってきてくれたんだ、知ってるよ。」
「お、おま…それ。はぁ、わかった。好きにしろ」
箱ごと抱えてニヤーッと湿っぽい笑顔を浮かべて持ってきた。コイツのこととなると盲目になってしまう自分がいかに恥ずかしいか。そして、そのことを本人に知られてしまっては打つ手はないのだろう。
「ねぇ、これすんごい甘くて美味い!お前も食べてみ!ほら、あーん」
「ん」
そこには嘘偽りない笑顔の君が味わった同じみかんがあったはずだった。でも、私が食べたみかんは心做しか甘酸っぱさを喉まで広げていた。そして、ふいにみかんのことについて思い出した事があった。
「おい、そういえば今朝俺が作ったみかん入りのコールスローサラダ…みかんしか食べてなかったよ…なぁ?」
「…………あ……いや………そ、その……」
わざわざコイツの健康のことも考えて作ってやってるのに、仕方のないヤツめ。
「私はあなたを好き嫌いをするような人に育てた覚えはありません!」
「お、お母さん」
「罰として年越しまでみかんは没収です!」
「そ、そこをなんとか…お前のためならなんでもするから…ね?」
な、なんでも!?それは私にとってはすごくいい条件になるのでは…?
「ふぅん、なんでも。ねぇ?本当になんでもしてくれるんだ?」
「言われたことならなんでもするよ…何して欲しい?俺と何…したい?」
引き寄せて耳元で囁く声がいつもに増して大人びたような、やけに色気のあるものだった。唇が重なりそうな距離。それでもお互い踏み込まないこのわずかな時間でさえもどかしく感じてしまう。
「んーじゃあ…今日は夜更かし禁止で」
「…へ?え、それだけ?」
「お前最近夜更かししすぎ。体に良くないしちゃんと寝ないと女子曰くそのご尊顔が台無しになっちゃうよ」
「……期待したじゃんか…」
まぁ、健康的な生活が1番だし、風邪ひかないためにも色んなもの食っとかないとな。それにしてもみかん、コイツそんなに好きだったのか、覚えておこ。
「…ん?何か言ったか?」
「お前と一緒じゃなきゃ寝れないなーって」
「寝れないなら俺の布団入ってきても良いけど」
「今日は寝させないぞ〜♡♡」
「追い出すぞ、この変態が」
「冗談だって笑」
たったひとつ、みかんという存在が私たちの思い出になっていく。その感覚が癖になりそうなほど切なくて大切だった。
題材「みかん」
12/29/2024, 1:59:10 PM