槙島驟

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「天国って華やかで良いところなんだろうな」

 彼は窓の外を見ながら特徴的な目元のすだれまつげを上下させた。時折吹き入る夏始めの風は私たちの髪を梳いて、蝉が鳴くのをじっと待っていた気がした。

「天国は真っ暗だよ。豪勢な音楽や花とか煌びやかなものじゃないと思う。私は」
「どうして?」

 私は彼の腕の中に猫のように潜り込んで、すうっと目を閉じて身体を預けた。とく、とく、とく。彼の生が聞こえる。すぅ、すぅ、すぅ、彼の息が聞こえる。

「私にとっての天国は、君の腕の中だから。私はいつも目を閉じて、君の心臓の鼓動と息遣いを静かに聞いてるの。何より、日向ぼっこをするよりも暖かい、あなたの体温が好きなの」

 そう。だからきっと、天国が空にあるなら私には暑すぎるし、広すぎる。

「でもさ、僕らは」
「だめ。言わないで。今だけは私天国にいるんだもん」

 彼には毒がある。
 彼は私を愛してなんかいないし、私はそんな毒を解って飲んで依存している。毒があるほどに美しく、魅力的に見えるんだなんて。それなら、君は私に惹かれるべきよ。

 そんな地獄はすぐ隣り合わせで私を見つめている。目を開ければ、この腕から出れば、地獄は私を飲み込むのだ。

5/27/2023, 10:54:53 AM