ガタゴトと音を立て汽車は進む。
思考の海にやってきた汽車に飛び乗って、どれくらいの時間が経っただろうか。
汽車は一駅も止まることなく走り続けている。
車内の景色が映る窓には、ポツリポツリと水滴がついている。
どうやら夜雨が降ってきたらしい。
窓の外に目を凝らしても、真っ暗な雑木林が広がるばかりで、夜空の様子はよく見えない。
細かい雨粒が窓の外を流れていく。
正直、雨というのはあまり好きではない。
雨は──子供の頃の、あの嫌な手の記憶に繋がっているから。
昔は雨を見る度に、薄暗い家のどんよりとした光景を思い出し嫌な気分になることも多かった。
けれど──
最近はその光景を思い出すことも少なくなっている。何故だろうか──。
そんな事をぼんやりと思っていると、客車の連結部のドアが開いた。
「切符の拝見です」
浅葱色の制服に身を包んだ男性が入ってきた。
肩から黒いがま口の鞄を下げている。
車掌さん、だろうか。
そんな事を思いながらぼんやりしていると、車掌さんがこちらにやってきた。
「切符を拝見してもよろしいですか?」
切符?
思考の海にやってきた汽車に飛び乗った時、切符など持っていただろうか。
スカートのポケットを探ってみると、硬い紙のようなものに手が触れた。
手のひらサイズのそれを掴みポケットから取り出す。
恐る恐る開いてみると、それは白藍色の切符だった。
何か文字らしいものが書かれているが、デザインに
特化している為、読み方が分からない。
「あの、これなんですけど…」
恐る恐る車掌さんにそれを差し出すと
「お客さん、コレは乗り換えが必要ですよ」
「えっ、乗り換えですか!?」
「ええ、この後停車する駅で待ち合わせがありますので、そちらでお乗り換えください」
そう言って、車掌さんは白藍色の切符に日付入りの
ゴム印を押した。
「あの、これって読めないんですけど、私が行きたいところに行けますよね?」
「ええ、行けますよ。次の停車駅で乗り換える事と、あなたが何故、雨が苦手でなくなったのかを思い出せば」
意味深な言葉を残すと、車掌さんは連結部のドアの先に消えていった。
私はまた一人、広い車内に取り残された。
呆然とした姿の私が、窓に映っている。
次の停車駅で乗り換えをするだけでなく、雨が苦手でなくなった理由を思い出さなければいけないとは…。
変わった汽車に乗ってしまったものだ。
取り敢えず、停車駅はなんとかなるとして、雨の方をなんとかしなくては。
雨が苦手でなくなった理由──。
窓の外は、相変わらず柔らかい雨が降っている。
細い雨は車内から漏れる光を受けて、銀色の軌跡を
描きながら消えていく。
その光景を見ていると──
ある曲が頭の中に響いてきた。
透き通るような歌声で──
雨に浄化の意味を込めた、あの曲が──。
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柔らかい雨
「…さて、本体は無事乗り換えに成功するかな?」
車掌の格好をした男がポツリと呟く。
「大丈夫でしょう、子供ではないのだから」
白い詰襟コートを着た女性が苦笑する。
「私の作った切符、読めないって言われたのなかなかにショックなのですが…。あれ、とても良い意味が込められた文字なんですよ…」
中性的な顔立ちをした人物がしょげている。
「落ち込むなドリームメーカー。龍体文字なんてあの本体が覚えているわけないだろう」
車掌の格好をした男──思考の海の番人が珍しくやわらかな目をしている。
「…まぁ、良いです。今回の私たちの役割は、見守ることですから」
穏やかな調子に戻ったドリームメーカーの言葉に、他の二人も静かに頷くのだった。
11/6/2024, 12:26:43 PM