NoName

Open App

ずっと隣で(オリジナル)(秘密の手紙続編)

俺は最期の手紙配達員をしている幽霊だ。
心残りがあって成仏できない人の手紙を相手に届ける仕事をしている。
今日はちょっと変わった依頼だった。
いつもはひとりで任務に当たるが、今日は指導員と一緒に現場に向かっている。
「心を強く持ってくださいね」
シルクハットにマントという変な格好のロン毛指導員は、俺にそう言った。
怖い。
俺は移動速度を落とし、指導員を盾にできる位置をキープした。

実際、ホラーであった。
幽霊に取り憑かれ、げっそり痩せた顔色の悪い男性と、彼に取り憑いて、今や原型をとどめていない黒い何か。
その何かは、虚な二つの光から涙のような筋を下に伸ばし、同じ言葉をずっとつぶやいていた。
「嘘つき」と。
指導員はその黒い塊に、己のスマホを向け、
「彼に伝えたい事、承りますよ」
と言った。
目らしき光が、ギラリと光る。
『嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!!!』
ビリビリと空気が震えた。
幽霊側のみの感覚で、現世に何か影響が出るわけではなかったが、俺の心と身体にはテキメンだった。黒い何かが胸を掻き乱す。
苦しかった。
『私に、ずっと隣にいてって言ったじゃない!!だから、死んでからも私、ずっと側にいたのに!!なのになんで!?あの女!!!彼の隣にいるのは私なの!!今もこれからも!!』
慟哭が、俺を打ちのめす。
声も出ない俺とは違い、指導員は一度スマホの録音を止め、
「最期の手紙、本当にそんな内容で、あなたは後悔しませんか?」
と問うた。
黒い影は、ニタリと笑う。
『許さない。許さない。ずっと隣にいてくれと泣いてすがって私を縛ってこんな姿にしておきながら、心移りをするなんて』
そして、ポツリと言った。
『呪い殺してやる』
凄まじい殺気が押し寄せ、のまれそうになった。
流石に彼女が取り憑いている男にも影響が出たのか、彼は頭を押さえ、うめいている。
指導員は、黒い塊の方へ手を伸ばした。
「苦しかったでしょう。幽霊では何もできないのですから。けれど、あなたはもう解放されるべきです。それに、彼にとってあなたは美しい思い出です。それをどうするかはあなた次第。恨み言を言うも、綺麗なままで旅立つのも。どうしますか。本当に最期になりますよ」
手は肩らしき場所に当てられていて、そこから黒が、指導員を侵食しつつあった。
「お、おい」
俺はとっさに彼の腕を掴む。けれど、彼は手を離さなかった。黒は俺にまで広がってくる。
ゾワゾワした。
全ての毛が逆立つ感じがした。
溶けて人型を保てなくなりそうだ。
「純子…」
取り憑かれている彼が呟いて、急に感覚が引いた。
黒い影が、若い女性の姿を取り戻していた。
「勇くん…勇くん…ごめんなさい、ごめんなさい。大好き。大好きだよ」
彼の頭を両腕で胸の中に抱き込み、彼女は子供のようにわんわん泣いた。

「いやー、今回は憑かれてる彼に助けられましたね」
指導員は帰り道、晴々とした顔で言った。
俺は意味がわからず問いかける。
「へ?どういう?」
「具合が悪い時、咄嗟に出た名前が今カノじゃなく元カノだった事で、彼女も溜飲が下がったんじゃないですかね。それで我に返ったと」
まぁ、彼が助けを求めて名前を呟いたのか、もう呪わないでくれと訴えたかったのか、実際のところ、意味はわかりませんが、などと言う。
今日の指導員は格好良かった。さすがと尊敬しかけていたのに、色々と台無しだった。
彼女は彼に、最期の手紙で変わらぬ愛を告げ、綺麗なままで成仏していった。
天使のように美しい姿だった。
ドス黒い塊だったのが嘘のように。
「愛は良くも悪くも人を狂わせるものですからね」
俺の心を読んだように、指導員は言った。
「ま、こういうちょっと危険な仕事もあるわけです。君はとっさに私の腕を掴んでくれたわけですが、下手をするとあなたも私も取り込まれていました」
「えっ!?そうなの?!」
俺は、彼女の憎しみと悲しみと絶望が流れ込んで混じり合い、自分が溶けてなくなりそうになった感覚を思い出して身震いした。
「はい。まぁ、心を強く持って、己を見失わなければ大丈夫です。私はこの通り、己を強く持っているので大丈夫ですが」
なるほど。完全同意。納得である。
「あなたはちょっと他人に気持ちを寄せがちなので危なっかしいですね。気をつけてください」
「はぁ」
「そうですね…あなたは危なくなったら、お友達の家に帰るんだと強く願いなさい。彼を心配させたくないでしょう?そういう気持ちが、あなたという形を保つ力になります」
「……」
「ま、こういう危ない仕事は一人ではやらせないので安心なさい。ミイラ取りがミイラになって、悪霊が増えたら仕事が増えて大変ですからね」
指導員はカラカラと笑った。

3/13/2026, 1:19:01 PM