「世界の終わりに君と」
がやがやとうるさい居酒屋の片隅で、綾は上司である師岡課長の愚痴を聞いている。あ〜いい加減にしてほしい。今日は推しが出演するドラマの最終回なのだ。録画予約はしてあるけど、できればリアタイしたい。あと30分がリミット。
「奴は何にもわかってないのよ。もうすぐ世界が終わるのに、だよ、そんな細かいこと言わなくてもさ。終わるんだよ、何もかもなくなるの」
「課長、あの噂を信じてます?」
「噂じゃなくて本当なの。政府からも発表があったでしょ。その日は休日にすると。最後の瞬間はお好きに過ごしてくださいと」
「課長はその日、どう過ごします?」
「過ごす?終わるのに?」
「だって、何時になるかまだわからないわけですから、それまで何時間かありますよね。最後は誰と過ごします?」
「誰と?」
いいぞ、課長が考え込んでいる。そのすきにトイレに行くふりをして帰ろう。
「ちょっと、トイレに」
そう言って立ち上がった時だった。
「君と」
えっ?
「君と一緒がいい」
まさかの告白!推しばかり追いかけて現実の男は眼中になかった。待て待て、冷静になれ。リミットまであと5分。
「ごめんね。びっくりさせちゃったよね。でも本気だよ。ずっと気になってた」
課長、熱い目で見ないでください。もう時間がないんです。
急いでスマホを取り出して、「世界の終わりの日は休日に」との見出しの記事を表示した。
「これ、見てください。ニュースの日付」
「4月1日。それが?」
「まだわかりませんか?エイプリルフールです」
課長が固まった。
「え、嘘ってこと?」
「はい」
「君、知ってた?」
「もちろん。そういうわけなので、今日はこれで失礼します」
電車の中で、さっきの課長の固まった顔が浮かんで思わず笑ってしまった。馬鹿なの?と思う一方で、あんなデタラメを信じるなんてかわいいとも思う。
でもだ、今の私には推しが一番。駅を降りると軽やかに走る。推しのドラマまで10分。間に合った!
6/8/2024, 1:13:53 AM