たまき

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#106 キャンドル


廊下を歩いていたら、ロウソクの匂いがした。
そういえば体験教室で作ったのを飾っていたんだった。ふわりと鼻についた、いかにも石油系の香り。

アロマキャンドルや和蝋燭、テレビで見たターシャが作っていた蜜蝋と、素敵だなと思うものは多いが火の扱いが怖いし面倒だしで、自ら求めたことはない。
今回も溶けるのが嫌だからと、この先も火をつけずに置くだろう。

ところで、キャンドルを灯して話を語り聞かせれば、その炎には小さな妖精が宿り、その者のささやかな願いを叶えてくれるらしい。

その灯りにつられて10月以降の未使用分のお題たちが集まってきた。彼らのささやかな願いを叶えよう。


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『はなればなれ』だった二人が『冬になったら』稼いだ金で冬籠りの支度をし山間の家に戻ってきた。別離の間の『たくさんの想い出』を語り合う。その目線の先には、『キャンドル』の炎が揺れている。一人の膝の上に伏せる『子猫』は、暖かさに目を瞑っていた。

さて、二人の願いは何であろうか。

-彼の場合-
一日の始まりはいつも、君の子供のように無邪気な笑顔を思い浮かべるんだ。
自分で淹れたおいしくない紅茶を飲みながら、君が淹れてくれた紅茶の香りや、二人だけで過ごした冬の過ぎた日を想う。

眠りにつく前にも、夢の中で君に巡り会えたらいいなって、冬の奇跡をもう一度と毎晩願っていたよ。

朝が近くなると、君が寂しそうに笑うんだ。起きなきゃいけないと教えてくれるんだ。
僕は行かないでと、往生際も悪く声が枯れるまで叫んだけど、やっぱり君に逆らうのは無理だった。
目覚めれば元通りに声が出るのが不思議だったな。

夏の衣替えは、屋敷中のものを取り換えないといけないから大変なんだ。でも、あと半分で君に会えるからと思って頑張ったんだ。

秋晴れのやわらかな光に君を思い出して、つい愛言葉を呟いてしまったよ。君も僕を思い出してくれたの?きっと風が届けてくれたんだね。

冬になって、やっと君に会えた。
ここは、僕の理想郷だよ。


-彼女の場合-
慌ただしい一日を終えて、眠りにつく前に貴方との過ぎた日を想う時間が幸せだったわ。

やっと会えたときの子どものようにはしゃぐ貴方。夜の鋭い眼差し。
そうそう、蝋燭の火を落とした暗がりの中、窓から星座を探したこともよく思い出したわ。二人して頬が赤くなってしまって、おかしいの。また見ましょうね。

朝起きると泣いていることが多かったの。涙の理由?そんなの決まっているじゃない。
夢の中でも貴方に会えず目覚める寂しさは、忘れたくても忘れられないわ。

学校の子どもたちはかわいいわ。瞳にキラキラとやわらかな光を宿しているの。
教師って、意外と忙しいのよ。だけど束の間の休息に、貴方のくれた愛言葉を思い出すと冬まで頑張ろうって気になれた。

ひとつ、貴方に話しておかないといけないことがあるわ。いい?これは、もう一つの物語。ただのお話、終わったことよ。

私ね、友達ができたの。いえ、できたと思っていたの。すれ違いがあったのね。
年に一度、放課後にダンスパーティがあってね。もちろん生徒が主役なんだけど、場を盛り上げるために教師も参加するの。

そこで、その方に「踊りませんか?」って誘われて。
その時に気づいたのよ。その方の好意が友達としてじゃない、もっと強いものだったって。

だからといって断る訳にもいかないから。
「ココロオドルお誘いですね」って思いっきり棒読みになってしまったけど。さすがに向こうも気づいて、それからは距離が出来てしまったわ。最初は好いた人がいると相談されたのよ。よいお友達だと思っていたのだけど、難しいわね。

うふふ、なあに?
そんなに力を込めて掴まないで。鋭い眼差し。もっと私を捕えてちょうだい。

私の心はここにいるわ。貴方と一緒よ。
冬は寒いけど、貴方のいない季節はいつだって寒いわ。貴方がいれば、こんなに暖かい。


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二人は共働きで出稼ぎをしています。春から秋は別の街でそれぞれ屋敷に住み込みと学校の宿舎に入ります。雪深い土地なので冬支度を済ませたら家に籠って休みます。普段会えないほどせっせと働くのは、お金を早く貯めて、家族が増えても冬籠もりに困らないようにするためです。週末婚ならぬ年末婚。会えない時間が長過ぎて男の方が限界に近づいているのはご愛嬌。

ちなみに子猫は自分で寝床に行きました。
春になったら彼女に職場へ連れていってもらえるでしょう。冬の友(ペット)に対して寛容な土地柄だと思います。

11/20/2023, 2:01:46 AM