妻がまた新しい鏡を買ってきた。すでに家には至るところに鏡があるというのに。妻は鏡を見て言う。
「この鏡、可愛いでしょう。ずっと見ていたいわ」
思えば妻とは交際当時からちゃんと正面から顔を見た記憶がない。結婚式のときでさえだ。妻が見ているのはいつも鏡だ。
あるとき僕は妻を問いただした。どうして鏡ばかり見て僕を見てくれないのか、と。妻は言った。
「見てるわよ。今だって」
「鏡の中の僕をね」
「違うわ。だって、大好きなあなたを直接見たら嬉しくって顔が赤くなっちゃうもの。恥ずかしいじゃない」
完
お題:視線の先には
7/20/2024, 1:08:31 AM