『街』
暗がりが街を襲っても、耐えない光がそれを防ぐ。
つまらない日常、変わらない場面。その中で、唯一街に彩られる様々な光だけが好きだった。
「ただいまー」
俺の声だけ侵食していく空間が、疲れた体を一層重くさせる。鞄をそこら辺に投げ捨て、ネクタイを緩め、そのままベッドにダイビングした。
このままねれそう。
ウトウトしながら重い瞼に身を任せ、さあ眠ろうかというところで、眩い光が視界に写り込んでしまった。
カーテン…
発声はされず、口だけが従って動く。
横になって再度起き上がるのは億劫なのに、一度気になってしまうと眠りにすらつけない性格なのが腹立たしい。
「繁華街」
そういえば好きだったっけな。繁華街の明かり。
ベランダの窓を開けると、硝子越しでは伝わらなかった輝かしさが、より伝わってくる。俺は胸ポケットに常備してある煙草とライターを取りだし、火をつけた。
「そろそろ帰るか」
片親で、ここまで育ててくれた母親を押し切ってまでした上京。今更何を、と言われてしまえば何も言い返せないけど、そろそろ俺の体は限界を迎えている。
どれだけ強いメンタルを持っていようと、毎日怒鳴られ残業させられ小言を言われ。そんな生活はもう続けていられない。
「あ、もしもし母さん?」
『どうしたの?こんな夜に…』
電話越しにも伝わってくる不安そうな声色が、俺の涙腺を緩めた。
「……もう、帰りたいなって」
涙を流すのをグッと堪え、自身を安心させるように煙草を安定剤として使う。
『お疲れ様、力になってあげられなくてごめんなさいね。これからはずっと傍にいてあげるからね』
この数年間、流したことのなかった涙が、ゆっくりと頬を伝った。
「…うん、」
6/11/2024, 12:18:55 PM