ススキ

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気がつけば暗い森の中にいた

静粛ばかりが騒がしい、無音が鳴く宵の森。

『此処は一体…』

そんな中で目を覚ました男は、目の前の光景に戸惑いながらも立ち上がる。
彼は服についた土や枯れ葉をパッパッと両手で払い落とすとぐるりと周りを見回す。
…周りには誰も居ない。あるのは闇に染まった紅い木の葉と果てしなく続く闇だけだ。
彼は一呼吸置くと大きく息を吸い、大声を上げる

『誰かいるかー!!!!』 

誰かいるかー!!誰か…るかー 誰か…
彼の声は木々の間をすり抜け、闇へ木霊する。
勿論、返事などは帰って来ない。
彼は己しかいないという孤独感、そしてどうすれば良いのだろうという焦りに刈られ、もう一度声を上げようと大きく息を吸い込む、そして声を上げようとした瞬間。

チリン ドン シャン…チリン ドン シャン…

小さくも、何処からか鳴る祭囃子の音が耳に入りバッと周りを見回す。

(…とうとう幻聴が聞こえる位に頭がイカれちまったのか…?)

そう思いながら彼は聞こえてくる祭囃子の音を頼りに、果てしなく続く周りの闇を凝視する。すると木々の隙間からかなり遠くだが明るく照らされている場所があることに気付く。
彼はおそらく明るいであろう所を見つけるとホッと胸を撫で下ろすと同時に全身の力が抜けていくのを感じた。

(良かった、彼処に明かりがある。明かりがあるって事は人が居る証拠だろう。とにかくこんな暗い森の中から出たい。それに此処が何処なのか現在地も把握しなけりゃあな。) 

そう思いながら彼は小さく照らされている場所へと足を勧めた。


ザッ…ザッ…と自身が踏んでいる枯れ葉と土の音を聞きながらどんどん足を勧めていくと同時に目的の場所は明るさを強めていく。
彼処から見た場所はもう目前だ。
彼は好奇心と緊張感を胸に抱き、徐々に強まる明かりに目を細めながら足を進めた。
…森を抜けた。少しの間は目が明かるさに慣れなくて開ける事が出来なかったがそれも徐々に慣れ、いざ目を開けて前を見てみると異様な光景が彼の目に飛び込んできた。

其れはまさに百鬼夜行であった。
宙を舞う無数の灯籠達。
何処からか聞こえる琴の音、太鼓の音、笛の音。
そして楽しそうに笑いながら右へ左へ流れる魑魅魍魎達。
ふわりふわり宙を踊る灯籠の下で歩いている妖怪達は、皆誰一人として悲しそうな顔をしている者はいなかった。皆笑顔で他の妖怪達と口々に話を交わせながら、足を運んでいた。

彼が目の前の現実離れした光景を目の当たりにして呆気にとられていた其の時、不意に横から誰かに声を掛けられた。彼は声を掛けられた方向へ顔を向けると、其処には狐の尻尾と耳を生やし黄色い目と白い髪を持ち紅い着物を着た男性が立っていた。狐の尻尾と耳を持った男は口を開く。

『汝、吾等が見えゆるか』

驚きで言葉も出ない。静かに頷く。

『汝、人間か』

また静かに頷く。狐の尻尾と耳を持った男はゆっくりと頷きながら口を開く。

『そうか、そうか。今宵は吾等妖達の祭りだ。
今宵ばかしは人間も吾等妖達も関係無く、皆で楽しもうではまいか。我等と共に一夜限りの泡沫に酔おう、さ、共に。』

狐の尻尾と耳を持った男は混乱する彼の腕を問答無用でがしりと掴むと、右へ左へ流れる魑魅魍魎達の中へ引っ張っていく。
彼はえ…チョッ?!!と声を上げながらも男に引っ張られながら共に魑魅魍魎達の中へ入っていったのだった。

誘いに身を任せる。
何処からか鳴る琴の音、笛の音、太鼓の音。
彼は狐の男と周りの妖達と共に笑顔で、楽しく、調子を合わせながら踊る、踊る、踊る。
踏み込んでしまったのか、其れ共いざなわれたのか、其れはもう最早どうでも良い事だった。
どうせもう戻ること出来ないのなら、このまま化かされてしまえば良い。
人も、人ならざる者も、この明るく昏い陽気に酔いながら己が飽くまで舞い踊ろうではないか。
醒めぬ夜が明けるまで。

そうして彼は妖達の祭りに溶けていったのだった




…ピピヒッピピピッ ピピピッピピピッ
アラームの音で目が覚める。
カーテンの隙間からは太陽の光が漏れ出ている。

『…嗚呼、もう朝か』
朝は嫌だなぁ、まだまだあの祭りに酔い知れていたかったのに。

片方の手で枕を整え、もう片方の手で毛布を引っ張る。
きっとまた見れる次の宵の夢までもう一眠り。

【きっと明日訪れる妖の祭りまで】

10/1/2023, 9:07:43 AM