静寂に包まれた部屋
とても静かだ。毎日頭を悩ませていた耳鳴りが、嘘のように無くなっている。
全ての障害が取り除かれた今、俺を止めるものは何も無い。
目を閉じて今までの人生を思い返す。なにかと上手くいかないものだった。
高校で打ち込んでいたバスケは、いきなり交通事故に巻き込まれ夢を絶たれた。続け様に父が倒れた。心臓発作だったらしい。妹と俺を養うには母1人では手が足りない。進学は諦め、就職したが上司と全く気が合わなかったが食っていくためにその職にしがみつくしかなかった。その頃からか、毎朝耳の奥で不快な音が鳴るようになった。
生活がようやく安定してきたところで、今度は母が倒れた。過労だったらしい。一命は取り留めたが、母は寝たきりになってしまった。
耳鳴りは眠る時以外鳴るようになった。
睡眠薬で無理矢理眠る生活だった。それでも生活は苦しかった。
俺一人ならまだしも、妹も食わせていかなくてはいけなかった。母の治療費も稼がなくてはいけない。
妹は頭が良かった。ちゃんと勉強して大学に入ってちゃんとした職に就いて欲しかった。もはや、妹だけが生き甲斐だった。
そんな妹が無事に大学に合格した。2人で泣くほど喜んだ。もう反応をしてくれない母にも報告した。
妹が就職してしばらくして、男を連れてきた。背が高く、どこか父に似ている気がした。結婚したいと考えていると、幸せにするから、家族として、俺と一緒に母と妹を支えていきたいと訴える真剣な眼差しに、俺は快くOKした。
式は挙げなかったが、フォトウェディングにすると言うとこで妹のウェディングドレスを見ることが出来ると聞き、とても嬉しかった。
やっと肩の荷が降りた。そう思った。
写真撮影に向かう途中、妹とその旦那は事故にあい、あっけなく死んでしまった。信じられなかった。
それからはほとんど覚えていない。
妹の葬儀をして、母を療養型の病院に入れて、部屋には俺一人だ。
ああ、上手くいかない人生だ。
とても静かで、耳鳴りが消えてることに気が付いた。
笑みがこぼれる。なんで笑ってるのかも分からない。
静寂に包まれた部屋で1人、俺は眠りについた。
9/29/2024, 11:26:31 AM