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「うた?それはなんですか?博士。」

私を作った博士は時々変なことを言います。
この世には「うた」なるものがあったと。それがどのようなものなのかと聞くと決まって、ヘンテコな声とイントネーションが返ってきます。その時の博士は楽しそうなのに、私にとっては大層不気味に思えました。そのヘンテコな言葉の粒たちを、なぞって真似すると博士は喜びました。時には涙を流すほどでした。
そんな博士の喜びように、不気味だなどと言い出せなくて、今日まで至りました。
今日も変わらず博士はうたをうたいます。私はそれをなぞって真似します。けれど、今日の博士は掠れた声でうたいます。私は真似しづらくて何度も間違えます。

「今日の博士は変です。いつもと違う声です。」

意を決してそう言いました。そうしたら、博士は少し笑った後に目を閉じました。私は博士の身に何が起こっているのか理解できませんでした。けれど、博士の体がどんどん冷えて固まっていくものですから、ありったけ温めました。でも、それでも博士は目を開けなくて、なんとなくですが、失ったと気づきました。この前に博士が死んだ時の事を教えてくれたからでした。
私は博士を埋葬しました。そして、墓の前で博士の好きなうたをうたいます。それが弔いだと言っていました。
けれど、途中から、うたえないのです。いつも博士がうたっていたから、私は覚える努力もせず、博士の言葉をなぞるばかりでした。こんな時になって、失う事の本質に気づいてしまったのです。不気味だからと忌避していたはずなのに、今となっては焦がれています。
私は、私は、2つも、大切なものを、失ってしまいました。

題:失われた響き

11/29/2025, 4:16:09 PM