すゞめ

Open App

『灯火を囲んで』

 ん……?

 肩にかかったブランケットと、下半身の違和感に気づいて、自分が眠っていたことを知る。
 リビングのローテーブルでパソコン作業をしていたはずだが、いつの間にか寝落ちしてしまったようだ。
 どのくらい意識が飛んでいたのか。
 スリープ状態になっているパソコンの画面で時間を確認しようと、指を動かそうとしたときだ。

「……つっ……!?」

 左側の太ももに痺れが走り、悶絶する。
 反射的に足の痺れを逃そうと手を伸ばした瞬間、丸々とした青銀の後頭部に触れた。

 なんっ!?
 はああぁっ!?

 頭部の主は妻である彼女だ。
 叫びたくもなる声を無理やり殺して、伸ばした手を慌てて引っ込る。

 あああぁぁおおおおあっ!?

 痺れを逃さぬまま体勢を動かしたせいで、足の痺れに声をあげそうになったが、そこは気合いで我慢した。
 大きな音を立てずにはすんだものの、一連の動作は慌ただしい。
 それなのに、彼女は微動だにしなかった。

 あ、あれ?

 俺の左隣はすっかり彼女の定位置である。
 彼女は足を正し、そんな俺の左太ももの上に突っ伏していた。
 丸まると、ことさらに小さく感じる背中。
 恐る恐る触れると、規則正しく上下する背中から、ポカポカとした体温が伝わった。

 ……これ。
 もしかして、寝、てる?

 小さな両手で俺の太ももに縋りつきながら、すぴょ、すぴょと小さな寝息を立ていた。
 いわゆる、ごめん寝とも称される体勢にフッと息が溢れる。

「猫かな?」

 パソコン横に置いていた携帯電話で、彼女の珍しい姿をカメラに収めた。
 普段から睡眠に気を遣っている彼女は、滅多に昼寝をするような人ではない。
 この貴重な姿と時間をもう少しだけ堪能したくもあった。
 とはいえ、この体勢では彼女の足も痺れてしまうだろうし、なにより顔が見えない。
 もったいない気もするが、俺は彼女の背中を揺すって声をかけた。

「起きてください。こんな体勢で寝ていたら、体、痛めますよ?」
「ふぁ……ん……?」

 顔を上げた彼女の視線は定まっていない。
 こっそりと、寝ぼけ眼な彼女の姿を1枚撮った。
 そして、先ほどの俺と同じ状況になっていないか確かめる。

「体、痺れてないですか?」
「だい、じょうぶ……」
「ブランケットありがとうございます」
「ん」
「でも、これではあなたの体が冷えますよ?」

 ブランケットを彼女に被せるが、煩わしそうにペンッと払い除けられてしまった。

「こら」
「いーの」

 再び、彼女は顔を俺の太ももに乗せて頬擦りした。

「れーじくんのが、あったかい」

 んっ!?
 かわいいなっ!?

 かわいいが、俺の腹側に顔を向けてのそれは、かわいいだけではすませてあげられなくなる。
 彼女の耳朶に触れて顔を上げさせた。
 無自覚な瞳と無防備な角度で絡み合う。

 う、わー。
 目に毒すぎる。

 状況を打破したいのに、悪化するのはなぜなのか。
 迫り上がってくる爛れた衝動を、彼女に悟られないように堪えた。

「そんな隅っこで遠慮してないで。暖をとるならこっちでしょう」

 両腕を広げると、彼女はもそもそと体を起こして正面から抱きついてくる。

「んっ?」

 素直すぎる背中をあやしていると、彼女が顔を向けた。

「ねえ? これ、作業できなくない?」
「今さらですか?」

 その注意は抱きつかれた今のタイミングでは効果を発揮しない。
 瞼の上にキスを落として、瑠璃色の瞳を塞いだ。
 意外としっかり寝入っていたらしい。
 ぽやぽやと反応が緩やかな彼女の唇に、唇を重ねた。

「休憩です」
「そっか」

 キスの合間に冗談めかせば、彼女は甘やかな笑みで受け入れる。
 彼女は背中に腕を回し、俺をぬくぬくのカイロにし始めた。

 あー、かわいい。
 幸せだ。

 俺への触れ方に、彼女の躊躇いが少しずつなくなってきている。
 じっくりと時間をかけて、ことあるごとに俺が彼女のものであることを刻みつけてきた。
 その努力が報われていることを知る瞬間は、いつだって幸福感に満ち足りていて心地がいい。

 これからも努力は惜しまないと、抱きしめている彼女に誓った。
 幸福という灯火を、これからも彼女と囲んでいくために。

11/7/2025, 11:48:25 PM