微睡 空子

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街中の至る所からクリスマスの圧を感じるのである。


赤や青、金色の光できらきらと眩しく装飾された木々や建物。そこかしこの店先に置かれたサンタやトナカイの光る置物。ツリーなど十歩に一本は置いてある。

極めつけはどこからも流れてくるクリスマスソングである。もろびとナントカやナントカキャロルだとか、如何にもクリスマスといった曲が歩く度にそこかしこから耳に入り込み、鼓膜を攻撃する。

「くそが…っ!」

俺は思わず小さく毒付いた。

どこを見てもクリスマス、クリスマス、カップル、カップル―――


(今年も相手がいねえのかよおおおお!!!!畜生がああああ!!!!)


どこにもぶつけようが無い心の叫びは、ただ虚しく己の脳内でこだまするだけであった―――。

上司の八雲さんは結婚しているし、最近知ったのだが同僚のゴリラ―――もとい東城ですら恋人がいるというのだ。

(つまり!!職場で!!俺だけが!!!恋人がいねええええあああ)

今年もこの病が発症する季節がやってきた。このクリスマス発狂病は12月25日まで続く病で、そろそろ毎年恒例のイベントのようになりつつある。

去年はどのように過ごしていたか。記憶にないが、確か一人で家でドラマだかアニメだか見ながらケーキとチキンを食べて過ごしたと思う。
クリスマスは嫌悪しているが、かといって季節もののウマいものを食い損ねるというのも負けた気がして嫌だった。

今年はどうするか。とにかく『何かに集中して過ごしていたら気がついたらクリスマスが終わっていたね』という状況を作ることが重要である。

(…いっそ山にでも行ってみるか。山寺に修行にでも行って煩悩を滅殺するか)

来るXデーに備えてあれやこれやと画策を練って歩いていると、思考を巡らせるのに集中し過ぎたのか、気がつけば俺は駅近くの大通りへと辿り着いてしまっていた。

「…しまった」

普段の何もない時の俺は、この大通りを通り駅へと向かい、そこから電車に乗り家へと帰宅する。
だがこの時期は駄目だ。
この大通りはクリスマス時期になるとイルミネーションをこれでもかという位に飾り付けする。
普段の倍ほどの人だかりが発生し、それらは当然の事ながらカップルらしき者共でほぼ八割は占められている。
その為、俺はこの時期になるとこの大通りを避け、わざわざ遠回りする形で近くの公園を抜け、駅へと向かうようにしている。

(くそ、ついいつもの癖でこっちに来ちまった)

面倒だが引き返して公園を抜けるか―――そう思い踵を返したその時である。


「どうした。駅に行くんじゃないのか?」


耳ざわりの良い、それでいてよく聞き慣れた声。
背後から突如声を掛けられ、俺はバッと思い切り振り返った。

イルミネーションを背に立つその人物は、話しかけられなければ特に印象に残らぬ出で立ちをしていた。
黒い大きめのダウンコートを着、フードを目深に被っているせいで顔は見えない。
グレーのスラックス、黒の革靴も別に普通ではあるが、強いて言うならよくよく見てみればかなりの値打ちものであるであろうという事くらいである。
背は俺よりも十数センチほど低い印象であるから、百七十数センチといったところであろう。

「……えっと…誰すか?」

確かによく知った声なのに誰だか全く分からない。
思わずそう返す俺に、その人物はこちらへ数歩近付き、フードを少し上へずらしながら顔を見上げた。

「酷いな。俺の事はすっかり忘れたか?」

深碧の瞳、少年のような可愛らしく端正な顔。
長い朱殷の髪の一束が、はらり、とダウンコートから零れ出た。

「んなっ…!は!?な、凪さ―――じゃなかった。社ちょ―――」

思わず後ろへ転びそうになりながら俺は声を上げた。
目の前の男は即座に俺の口を押さえる。

「こら。―――バレたらどうする」

そう静かに注意すると、男は俺の口から手を離し、辺りをそっと見回すと、俺の腕をおもむろに掴んだ。
俺が何も言えずに動揺しているのをよそに、男は通りの横にある細い路地へとそのまま俺を引っ張っていく。

「―――ここなら良いだろう」

路地の奥まで来ると、男はそう言って被っていたフードをそっと外した。
後ろに束ねた朱殷の髪が風に靡く。

火鋤神凪(かすくがみ なぎ)。現在俺が所属している会社『D/vision(ディビジョン)』の社長であり、かつて大規模な抗争があった際、俺が命を賭して護衛していた人物である。
 
「しゃ、社長!すみません…!まさかこんな所にいらっしゃるとは。あ、まさかお一人で!?危険すぎませんか!?っつーか洋装じゃないですか!社長の洋装初めて見たなあ」

衝撃的過ぎて矢継ぎ早にあれこれ話していると、凪社長は呆れたように息を吐きながら腕を組んだ。

「全く―――相変わらず忙しない奴め。…あのな。俺はただアレを視察しに来たんだ」

そういって凪社長は親指で大通りのほうを指差す。

「アレって…イルミネーションすか…?」
「そうだ。今年からあのイルミネーションには、我がディビジョンの技術が利用されているからな。どのような様子か実際に見に来た―――お前はところでどうして引き返そうとしてた?」
「あー…これはその」

俺は目線を宙に彷徨わせた。
クリスマスが嫌すぎてイルミネーションを避けていたなんて死んでも言えない。ましてあの大通りのイルミネーションにうちの会社の技術が使われているとなれば尚更である。
何か気の利いた言い訳を考えようとしたが潔いくらいに何も思い浮かばない。
俺は仕方なく「何となくです」と自分でもよく分からない返事を返した。

凪社長は「ふうん」と一言言った後、じっと俺の方を見ると、再びフードを゙被り直し俺の手を引っ張った。

「―――近くに車を止めてある。雷生(らいせい)、少し付き合え。明日は休みだし、その様子だと今日はこの後も予定は無いんだろう?」

全部済んだら家まで送ってやるから――
凪社長はそう言うと俺の返事を待つことも無く、俺を引っ張って歩いていってしまう。

「!?!?」

(な、凪社長とドライブ…!?)

傍にいた護衛時代ですら二人きりで何処かへ出掛けた事は無い。
一体、何の目的があるのだろうか。


(どうなる…!?俺……!)


どこからともなくクリスマスの鐘の音が聞こえる。

俺は成すすべもなく、社長の高級車の助手席へと詰め込まれたのであった。

12/20/2024, 5:06:03 PM