初めて、貴女様にお会いした時のことは、今でも鮮明に憶えています。
その日は、とても麗らかで、
日陰はまだ肌寒く、日なたはもう暖かい日でした。
そして、貴女様の門出を祝うように、
我が家の庭にある、花蘇芳が見事に咲き誇っていました。
正直、私は不安でありました。
なにせ、私は卑賤の生まれであり、本来の婚約者では無かったからです。
貴女様の兄君の性分を、私自身よく存じて居りましたから、
貴女様の本来の婚約を勝手に破棄し、貴女様の意に添わず、
私と勝手に婚約させたことが、容易に想像できたからです。
当時の婚姻とは家の為にするものでしたから、
こういうことが罷り通る時代でした。
婚姻の儀の後、堅い面持ちの貴女様に、私はお声を掛けました。
「おなごだからと、妻だからと、私に無理に付き従わないで欲しい。
互いに手を取り合い、支え合い、生きて行きたい。」と。
すると、貴女様は涙を流された。
「なにか、貴女様を傷付けることを述べたのなら、申し訳ありません。」
急いで、絹の手ぬぐいを差し出す。
柄にもなく、内心、かなり動揺してしまいました。
貴女様は少し涙ぐみながら、ゆっくりと仰れたのです。
「いいえ、違います。傷付いた訳では、ありません。
兄…いえ、当主からは貴男のことを何も聞かされませんでしたから、
長らく、不安だったのです。
今の貴男の言葉をお聞きして、安心してしまって……。」
「そうだったのですね。それなら、良かった。」
この時から、私は貴女様のことを知りたいと想った。
3/12/2024, 2:31:42 PM