雨が上がった時に出る、虹の麓には宝物があるらしい。
虹の根元には、幸せという宝物があるらしい。
…虹がなんなのかは分からないけど。
僕は今日も空を見上げている。
埃がうっすら窓枠に溜まった、ガラスが白く曇った、はめ殺しの、僕たちの目線よりもいくらか高い窓から、空を見上げている。
重たい雲が、窓の外の空を覆っている。
僕の背よりも、大人の背よりも、この建物よりも、うんと高い、高い、空の上で、雲はずどんと重く垂れている。
ランプを置いて、読みかけの本を閉じる。
雨の音が、鬱々と、建物の外壁に打ち付けている。
隙間から雨の冷たさが、空気になって染み込んでくる。
肌寒くて、僕は膝を抱える。
ふわっと、白く細やかな埃が舞う。
この建物に閉じ込められてから、どのくらい立つだろう。
顔のない大人ばかりのこの建物に囚われて、どのくらいが。
町を外れたのは、仕方がないことだった。
噴火に巻き込まれて、お父さんとお母さんが死んで、逃げた先には人買いがいて、必死に逃げているうちに、いつの間にか、人里外れたこんな森にいた。
町を外れるのは危険なこと。
小さい頃、お父さんとお母さんに教わった。
この世界は、はるか昔の科魔戦争の名残で、魔障に侵されている。だから、人里外れた魔障の濃い地域に入れば、化け物になってしまう。
そんな話を、僕たちは当たり前に聞かされて育った。
だから、こんなことがなければ、僕は一生こんなところには来なかったはずだった。
町の外は、僕たち町の子にとって、そしてこの世界を生きる人間にとって、まだ見ぬ世界だった。
僕は、まだ見ぬ世界を彷徨った。
何も分からなかった。怖かった。
いつの間にか一緒にいた、年下の少女と手を繋いで、僕たちは見知らぬ森を歩き回って、そして。
顔のない、ひょろひょろと背の高い大人たちに見つかった。
顔のない大人たちは、僕たちに優しかった。
町から逃げてきた僕をこの建物に迎え入れてくれて、温かいご飯をくれて、服やおもちゃや本を用意してくれて…。
顔のない大人は、町の大人と変わらずに、僕を愛してくれた。
安心をくれて、いろんなことを教えてくれた。
お父さんやお母さんのように。
今まで見てきた世界のことも。まだ見ぬ景色のことも。
虹について教えてくれたのも、顔のない大人たちだった。
顔のない大人たちは、僕たちに自由に、子どもらしく生活させてくれた。
ただ、この建物の外へは絶対に、僕たちを出さないようにしていた。
確かにこの森では、いつまでも紫の雲が重苦しく垂れて、細くて冷たい雨がずっと降り続けていた。
それなのに。
それなのに、顔のない大人たちが語る、外の話はどれも楽しそうで、美しそうで、僕たちはまだ見ぬ世界に憧れた。
僕たちがまだ見ぬ世界に憧れてはしゃぐと、顔のない大人たちは、嬉しそうにいろいろ話してくれた。
だから僕は今も、こうして大人たちにねだった、外の話の本を読んでいる。
まだ見ぬ景色に想いを馳せて。
…外の話を教えてくれる時に、大人が少し痛そうに見えるのを、見て見ぬふりをしながら。
僕は虹を見たい。
虹の麓に行きたい。
そして虹の麓で、顔のない大人たちの、一緒に笑ってくれるあの女の子の、僕の、みんなの幸せを見つけたかった。
僕は、まだ見ぬ景色に憧れ続けている。
この古ぼけた、寒い雨の中で。
雨はまだ降り続いている。
冷たい風が、染み込んでいる。
僕は立ち上がる。
まだ見ぬ景色について書かれた本を持ち上げて。
窓の外ではまだ、紫色の雲が、空に重たそうに垂れていた。
1/13/2025, 2:32:39 PM