ほんの気まぐれに過ぎなかった。
席替えしてから後ろの男の子がずっと気になっていた。前髪が目にかかるくらい長くて、いつもどこかしらに寝癖がついてる子。挨拶すると目が泳いだまま小声で返ってきて、隣の席の子と話が盛り上がって思いっきり笑ってたら勝手にビクッとして。授業以外は机に伏せて寝てるし、お昼休みはどこかへ行ってしまうし。
始めのうちは女子というか、人というか、まぁ人見知りする子なんだろうなって思ってた。普通の日常会話をしようにも話が続かなそうだし、人と話すのが嫌いなんだろうなって。
でも、ある時から授業中に視線を感じることに気がついた。それも背中からだ。プリントを回しながら後ろ側を見渡したけど、特にこちらをじっと見る人はいない。でもやっぱり、間違いなく感じる。
私はどうしても突き止めたくてアレコレ試行錯誤し始めた。自習中に鏡を取り出して、逆まつげを取るフリしながら後ろを見たり。先生に当てられた人が後ろの方の席だと、その人を見るフリしながら見渡したり。
結果は惨敗。鏡取り出した時点で何かを察知したのか視線は無くなったし、後ろを見渡すたびに目を逸らしたり俯かせたりなどの怪しい動きをしている人はいなかった。
やっぱり気のせいなのかもしれない、と思ってお昼休みに理子へ愚痴ったら、
「え、後ろの子じゃないの?」
と意外な回答をもらった。
「後ろの席の、名前なんだっけ?」
「武藤くん?」
「あっそうそう、武藤くん! 授業中、千香のことじっと見てるよ」
「えっ本当に?」
灯台下暗しとは、こういうときに使うのかもしれない。あんなにオドオド、ビクビクしている子が、私を何で見ていたんだろう。でも友達が言ってたってことは本当のことなんだろうし。
肘をついてお菓子をつまみながら考えていると、理子が小声で話してきた。
「好きなんじゃない? 千香のこと」
「そんなまさか」
理子の話を思わず笑い飛ばした。席替えをするまで関わりなかったし、挨拶もしたことがなかった。席が近くなって、何となく挨拶だけ続けている。何か話した覚えもない。
それでも理子は自信満々に絶対そうだと言い切った。
「そのうちきっと、千香もわかるって」
武藤くんの話をした翌日、進展があった。
朝、教室に入って自分の席の周りの人に挨拶していて、その流れで武藤くんにも声をかけた。
「おはよう」
「あ……おはよう」
しっかり武藤くんと目が合った。珍しい。でもたまにはそんな日があるかもしれない。
机の横に鞄を掛けながら、席についた。今日確か、一時間目は英語だったはず。教科書を鞄から取り出したところで、後ろから「あの」と声が聞こえた。
「さっき先生が来て、今日の一時間目と三時間目が逆になるって」
「え、マジか。ありがとう武藤く……」
チラッと武藤くんの方を見ながら礼を述べたはずだった。武藤くんとまた目が合う。そう、今日は武藤くんとよく目が合うのだ。
「思い切ったね、その、バッサリと、髪型」
喋るのは得意だと自負していたけれど、今回ばかりは口が回らず、支離滅裂な言葉で話していた。
武藤くんは、長かった前髪をバッサリと切っていたのだ。よく見たら後ろ髪もスッキリと整えられている。
当の本人は「あー」とか「うー」とか溢しながら、自分の短くなった髪を触っていた。
「なんか、たまには、っていうか初めてなんだけど。その、えっと……変、かな」
「いやめちゃくちゃ似合ってる。可愛い」
食い気味に率直な感想を言ったら「可愛い!?」と声を裏返らせていた。
髪が短くなってようやく見えた顔は、はっきり言って可愛らしい系統の顔立ちだった。くっきり二重のくりくり黒目で、筋の通った鼻と薄い唇がバランスよく並んでいる。多分あと眉毛整えたらモテるだろうな、いや絶対。
私にじっと見られているのが落ち着かないのか、俯き気味になってきた。下を向かれて初めて気がついたけどまつ毛長いし量も多い。某アイドル事務所のジュニアみたいだ。
「本当は、かっこいいって言われたかったんだけど、でも、嬉しい」
声は小さかったけれど、目の前の私には聞こえていた。頬を赤く染めながらはにかんだように笑う姿に、心臓がガッツリ掴まれた気がした。
理子さん、私の方が好きになっちゃったよ。
『たまには』
3/6/2024, 7:06:58 AM