南葉ろく

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 気になっている人に、デートに誘われた。喜び勇んで服を選び、化粧を施し、自宅を出たのが10分前。そして今。
『ごめん。親戚に不幸があったみたいで、行けなくなった。ギリギリの連絡になって本当にごめん』
 スマホの通知音とともに来たメッセージが、これ。
 約束の時間までは、まだ30分以上あるし、事情が事情だ。責めることはできないし、そもそも彼は何も悪くはない。お悔やみ申し上げます、気にしないでねのメッセージだけ送って、小さく溜め息。がっかりするのも、この徒労感も、勝手に己が感じているだけ。けれども、どうにもやるせない。だって、10分前まではあんなに晴れやかな気持ちでいたのに。あーあ。心のなかで盛大に投げやりな声を上げるのと、空から大粒の水が降り注ぐのは、ほぼ同時だった。
 急に空が陰りだしたな、とは思っていたけれど。空まで心にリンクしなくても、と思わなくもない。気合の入ったメイクも、服も、瞬く間に通りすがりの大雨が台無しにしていく。まあそもそも、ぜんぶ必要は無くなってしまったわけだけど。
 ここまで何もかも空回りだと、一周回って面白い。はは、と乾いた笑いまで出てきてしまう。こんな状態で出かけたって仕方ない。来た道を戻ろうと踵を返した。すると、今度は突然眩しい光が視界を遮った。……晴れている。なんだか逆に悔しい気持ちになってくる。空を睨みつけるように見上げていると、スマホがブブ、と小さく振動した。液晶に目を向けると、そこには彼からのメッセージの通知。
『埋め合わせは必ずするから。最近できたカフェ、多分君の好みだと思う。次の休み、予定が大丈夫だったら行かない?』
 分かりやすく心にかかった雲がスゥっと晴れてゆくのを感じた。我ながら、現金すぎる。

 やっぱり今日の空は私の心の写し鏡だな、と一人納得しながら再度自宅へ足を進めた。
 心は快晴になったけれど、濡れた地面は急には乾かないので。


テーマ「通り雨」

9/28/2024, 3:24:43 AM