柚葉は夫の転勤によりそれまで勤めていた仕事を辞め昨年の秋からヘルパーのパートを始めた。
いつか役に立つかと初任者研修を取得していたしヘルパーは時間の融通が効くためだ。
「独居で困っている身寄りのない、か弱い高齢者の役に立ちたい」
という、どこかボランティア的な陶酔した気持ちもあった。
だが実際には家族の手を借りられない、全く身寄りのない独居老人は殆どいなかった。
家族が近くに住んでいるが介護まで手が回らない、県外に遠く離れているので介護できない、一緒に住んでいるがヘルパーの助けが必要だ、の順に利用者は多かった。
そういえば柚葉自身も核家族だな、と思った。
市内に暮らしている義両親と仲が悪いわけではないが同居なんて考えられない。
弱くて助けるべき立場であるはずの高齢者は柚葉を
「おい!!お前!!」
または
「あんた」
と呼びつけ横暴な態度で接した。
近くにいる家族はたまに様子を見に来て
「狭い部屋で掃除が大変なわけでもないのに、全然綺麗になってない!」
「痩せているがちゃんと食事はとらせているのか?」
とクレームをつける家族もいた。
「それなら自分で面倒見ろ」
と内心毒づいたりもした。
中には
「なんで若いのにこの仕事してるの?人の下の世話なんてよくやれるね?」
と嫌味なことを言う者までいる。
これも利用者とその家族のストレス発散という形で役に立ってるんだろうか…
けれど対象的に優しい利用者と家族もいた。
「あなたが来てくれて本当に良かった!」
「助かったよ!ありがとう」
といつも感謝の言葉をくれた。
そんな言葉には柚葉も嬉しくヘルパーの仕事にやりがいさえも感じた。
これを労働力に見合わない低賃金への嫌味も含めて
「やりがい搾取」
と呼び蔑む人もいるらしい。
けれど、やりがいのない仕事なんて続けられるだろうか?
接客業におけるカスハラが社会問題になっているように、どんな仕事だってきっと大変なんだ─
と考えていた柚葉の手がピタッと止まった。
だから仕方ないんだ、とこんなに毎日自分に言い聞かせながら無理して続けるような仕事だろうか?
24歳、まだまだ仕事は沢山あるのに?
「おいっ!お前なにしてる?!テレビのリモコン持ってこいって言ってるだろ!!」
「はい、今行きます」
寝室のベッドに転がっている利用者にリモコンを手渡す。
「台所のお掃除も終わりました、そろそろ退室しますね」
エプロンを外し記録を書き利用者からサインをもらい
「ありがとうございました、またよろしくお願いします」
と笑顔で一礼し退室する。
そして
─永遠に─
「失礼いたします」
と玄関のドアを静かに閉じた。
お題 「狭い部屋」
6/4/2024, 10:35:24 AM