風景
今、何が見える?
「───⋯ろ、起きろ!白石和音!」
「ふぁい!」
ガタンと机を鳴らしながら立ち上がる。教室中の目がこちらを向いていた。やっちまったな、こりゃお説教コースだとぼんやり考えながら形だけでもとしょんぼりした顔をしておく。先生は眉間にシワを寄せながら続けた。
「そんなに私の授業は退屈だったかね?居眠りしてしまうくらい」
「え──⋯はい」
「んん?」
「いいえ、いいえ!その、先生の授業に脳の理解が追いつかなかったというか…」
「⋯ほう?ならば、みっちり補習してやろう。放課後、職員室に来なさい」
げっという声が咄嗟に出てしまい、睨まれる。仕方ない、ここは大人しくしておこうとはーいと弱々しく返事をした。
放課後、皆が帰っていくなか私は教室に残り、職員室行きたくないなあと心の中で駄々を捏ねていた。
はぁとため息をつき、机に突っ伏していると背後からわっと声をかけられ、びくっとする。振り向くとそこには伊織がいた。黒川伊織、私の唯一の男友達だ。伊織とは漫画の趣味が合うので一緒に話したり、漫画の貸し借りをしたりしているうちに仲良くなった。⋯正直言うと、私は「友達」よりも、もっと近い距離にいたい。なんて思っていた。ただ、今の関係が壊れて元に戻らなくなることが怖くて、このまま隠し通すつもりでいる。
(だから、急にそんなことしないでよ──!)
不意に現れた伊織に、心臓はどくどく鳴り出し、顔が熱くなるのを感じる。
「驚いた?」
「心臓が飛び出るかと思ったよ⋯(色んな意味で)」
「まだ帰んないの?一緒に帰ろーよ」
「帰りたい〜!でもね、お説教が待ってるの⋯行きたくないからここにいるんだけど笑」
「あ─鈴木先生だっけ?あの先生窓際の席だったよなあ……いいこと教えてやるよ」
伊織はそっと私の耳に近づき、あることを教えてくれた。嬉しいけど、その距離感に私は戸惑っちゃうから気が気でない。
伊織の教えてくれたことにくすっと笑い、なんだか気が楽になった私は職員室に向かうことにした。
「失礼しました」
ぺこっと軽く頭を下げて職員室を出る。案の定、鈴木先生の説教は長く、だいぶ疲れたが、伊織のおまじないのようなあの言葉のおかげでなんとか乗り切った。
荷物を取りに教室に戻ると、伊織がまだ待ってくれていた。
「おかえり」
とこっちを見て笑いかけてくる。その瞬間、なんでだろう、湧き上がる気持ちに蓋が出来なくなってしまった。
「⋯すきだな──」
「え?」
「⋯え?」
思わず本音がこぼれた。ぽかんとした伊織を前に、どう言い訳しようか悩み、しないことに、決めた。
「あのさ、わ、私、伊織のことすき、なんだよね」
「⋯えっと、それは友達として⋯?」
「ううん、恋愛的な意味で」
「うそだろ………」
絶句する伊織を見て、失敗したかもと思った。でも、きっと言うなら今だった。
「いきなりで困惑するよね。気持ち悪かったら全然断っていいから⋯」
「そうじゃなくて!」
え⋯?と俯いていた顔を上げて伊織の方を見る。
「先越されたけど、俺も、その──きだから」
「え?」
「すき、だから。白石のこと。⋯はぁ──俺ダサすぎる」
両手で顔を隠す伊織の耳は赤く染まっていて、なんだかかわいいなと思ってしまった。
「うそ⋯ほんと?」
「ほんとだよ。結構アピールしてたつもりなんだけどな。てか、すきなのは自分だけかと思ってた」
「私も」
ふっと一緒に笑い出す。それから一緒に帰った。今までとは違う距離で、手を繋いで。
私はお礼を言ってなかったと思い出し、隣の伊織を見る。
「ありがとね。鈴木先生のお説教、おかげで乗り切れたよ」
「いいよ。あの窓から見える景色は最高に綺麗だよなあ。まるであの1巻のとこのさ、主人公が決意を固めるシーンみたいって思わなかった?」
「思った!!それにさ、日が落ちてくると5巻の別れのシーンぽくて⋯」
「だよなぁ!」
ひとしきり話したあと、伊織がふっと笑いながら話してきた。
「俺さぁ、最近色んな風景見るのが楽しいんだよ。綺麗な場所とか知って、漫画のシーンぽいとこ探して、白石に伝えるのがすごく楽しい。今までさんざん見てきたはずなのに、新しく感じるんだ。これってすごいよな」
「わかる気がする」
そう言いながら前を向いた。昨日と同じ帰り道なのに、全く違う。
今、私には輝きに満ちた景色が見えている。
4/12/2025, 4:56:05 PM