頰を引っ叩かれたような衝撃だった。
俺はただ、呆然と俯くしかできなかった。
まるで、初めて殴られた乳臭いガキみたいなザマだ。我ながらダサいと思う。
でもこれはねえだろ、これは。
神なんて信じちゃいねえが、これで、神がいたとして、そいつも大概、碌でもねえやつだってことが分かった。
俺が今いるのは、情報ギルド。
ただの情報ギルドではない。この界隈の情報屋を全て総括する、最大手ギルドだ。
だがここは、当然のように真っ当な場所ではない。
この真っ当な現代において、真っ当な商品を扱っている店の、真っ当な大人が、“ギルド”なんて厨二臭え協会になんて属さない。
だが、高いスーツに身を包んだ厳ついファーザーがいるわけでもなく、恰幅の良いスーツ姿が一様に並んでるわけじゃない。
ここに集まっている連中は、みんな上品な正装をしている。
礼儀も姿勢も立ち居振る舞いも、織り目正しく、声を荒げる者もいない。連れている人間もさまざまで、きっちり身だしなみを整えている者、タイトなフリースをきている者、さまざまだ。
タネを明かそう。
ここは、魔術や奇跡、邪教や神秘、カルトの実用的な情報を扱う、オカルト情報ギルドだ。ヒトには、冒涜的で信じがたい、直視し難い“真実”を取り扱う場である。
死んだ大切な人を生き返らせる、後悔していることを時間遡行してやり直す、シュレディンガーの仮説を実証しに別の世界線へ旅行する…そういった程度の無茶は、ここに会している情報を得、ここに出入りする奴らにサポートしてもらえれば、サルでも容易に出来る。
そう、容易に出来るのだ。
…そういう情報は、必要な人がアクセスできるように自由公開されるべきではないか?
だが、俺が知った時、そんな状況ではなかった。情報ギルド_つまり、この組織が_情報を簡単に売れないよう、ルールを設定していたのだ。
そのルールを俺はぶっ壊した。一年かけて。ぶっ壊したはずだ。はずだった。
だが何故、ここは何食わぬ顔で存続している?
何故、情報を自由に得られるようになった弱者等が、道半ばでのたれ死んでいる?
「ルールによる制限取引が、彼らの真の味方だったからですよ」
背後で笑みを含んだような声がした。
「私たちが取り扱う情報は危険なものなんですよ?扱いようによってはどちらに転ぶかも分からない。…だが、私たちは基本的に、好奇心の塊です。ついつい、危険な情報を、何も知らぬ者たちに格安で渡して、地獄の沙汰を見たくなる。」
ニヤついた声がまとわりつく。
「ですから、ギルドは一般人を守るため、ルールを作っていたのですね。価格統制も会員制も。…いやあ、私共は感謝してますよ、貴方にはね。」
弾かれたように振り向いてしまう。
好奇心と勝ち誇った傲慢を貼り付けた、下卑た笑み。
笑みを浮かべたまま、奴は俺に深く頭を下げて、踵を返す。
敗北感、罪悪感、嫌悪感…苦い思いが俺の中で混じり合う。
俺は、奴の糊の効いたスーツが見えなくなるまで、動けなかった。
4/24/2024, 12:52:08 PM