マトリカリア

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 ※虫の話です。注意!



 好きじゃないのに見てしまうといったら、私の場合は芋虫。
 昔からウネウネしたいきものは不得手だったけど、大人になってまた一段と苦手になった。なのに頻繁に出くわすから頭を抱えている。

 それは南の庭に突然現れた。
 毎年物干し竿の下あたりに、育てているわけではないけれど月見草(植物学的にはコマツヨイグサというらしい)が生えてくる。特に世話をしなくてもぐんぐん伸びて一面にレモンイエローの花を咲かせるので、まあ抜くこともないかとしばらく好きにさせていた。
 その日も洗濯物を干していた。ふと足もとに目をやると、月見草の茎になにやら黒い影。なんだろう。視力が悪い私は顔を近づけた。

 影じゃなかった。それは私の中指以上はあろうかという太さの芋虫だった。

 真っ黒いからだに不気味に並んだオレンジの点々。長く伸びた凶悪な尾角。
 いままで見たなかでも規格外の大きさ。
 人間本当に恐れおののいたときって声出ない。まばたきもできず、心臓さえ止まったみたいだった。
 ゆうに三十秒は見つめあった。やがてよろよろと後ずさりして「おかーさーん!」……脳に計り知れないダメージを負った私は母に助けを求めた。
 そいつとは無事おさらばしたが、試練はむしろそこからだった。目を凝らせば月見草の茂みのなかにそいつの仲間が小さいとはいえ無数にいたのだ。
 あとのことはショックで記憶が定かでない。

 その後なんとか落ち着きを取り戻した頃、ふと気になりだしたのがそいつの名前だった。あんな大きさの芋虫が本当に存在するのか? たまたま(運悪く)大食漢の個体と出くわしただけなのでは?
 恐る恐るスマホで検索。
 ……!!
 トップ画面にでかでかと写真載せないでほしい。
 ともあれ正体はわかった。サトイモ科やアカバナ科(マツヨイグサはこれ)の植物を食べる、セスジスズメの幼虫らしい。あれが標準的なサイズだということもわかった。
 
 受難はさらに続いた。東の庭木の枝、うす緑のどでかいやつが居座り、ゆうゆうと葉っぱを貪り食っていた。
 またしても母に泣きついた。
 今回はじゅうぶん心構えをして検索。オオスカシバかエビガラスズメのどっちかだろうと思うけど断定はできない、だって薄目で指の隙間から見てるんだから見分けがつかないのだ。

 もうこりごりだ。庭に極力出ないようにすれば遭遇することもなくなる。ついでに公園とか街路樹とかにもしばらく近づかないでおこう。
 そう考えた私を嘲笑うようにそいつは現れた。
 車の運転中、前方に茶色いタワシみたいなものが落ちている。スピードを緩めたら、それは車道を横切る巨大な毛虫だった。
 よせばいいのに、また調べた。
 ヒトリガの仲間、スジモンヒトリかシロヒトリの幼虫らしい。踏まなくてよかった。

 好きじゃないのに、見たくないのに、知識が増えていく。というかなんでどれもこれもばかみたいに大きくなってから出てくるんだ。
 ――そもそも、どうして怖いと思うのだろう。
 おぞましい鳴き声を発するわけでなし、いきなり飛ぶわけでなし、食べ物じゃないから毒を持ってようが関係ない。毛虫じゃなければ刺しもしない。強いて言えば丹精込めて育てた草花を食べられるという害はあるけど、私自身が襲われたりはしない。
 人間が恐怖を感じる対象は、“自分に危害を及ぼすもの”と、“自分の理解を超えるもの”に分けられると聞いたことがある。
 ならば芋虫は後者だろうか。
 存在自体が脅威としか言いようがない。

 でも不思議なもので、虫ってあまりに大きすぎると逆に惹きつけられる気がする。
『風の谷のナウシカ』に出てくる王蟲なんてその最たるものだ。山が動いたような重量感。大地の怒りを体現した暴走。原作漫画でナウシカと言葉を交わす知能の高さ。ウシアブ、ヘビケラなんかの蟲たちにしても、気持ち悪さより畏敬の念のほうが強い。
 ということは芋虫も、見上げるほどの大きさになればこわくない?
 ……想像しようとしてやめた。たぶん、いや確実にショック死する。



(好きじゃないのに)



 ※アケビコノハ
 検索したら後悔しますよ、なんて。

3/26/2024, 1:24:31 PM