蝉助

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「私たちはね、喪失があるから人間なのよ。」
ぶら下がった昼間、教会の庭。
穏やかな緑を纏う芝生の上だ。
ココは蝶々を手のひらに包み、ぱさぱさと必死に羽を動かす僅かな風を感じながら言った。
彼女の周りはたくさんの子どもたちで囲われ、不思議そうに顔を見合わせては瞬きをしている。
「どういうこと?」
そのうちの一人が尋ねた。
「ふふ、簡単なこと。ものを創るからものが壊れるのといっしょ。失いたくないものがあるから、そしてそれはいつか失われるから、私たちは生きることができる。」
「意味わかんねー。」
「むずかしいよぉ。」
「それよりココ、おうた歌って。」
雲のように上の方にあって届かない言葉だ。
幼い子どもたちがそれを理解することはできず、あまり興味を示さないまま、口々に別のことを言い出した。
その様子にさえココは目を細めて穏やかに笑う。
「あらあら、子どもでさえ思考を放棄するのはよろしくないことよ。」
そうして頭を撫でる。
手のひらの温度は慈愛や純真に満ちていたが、彼らを見る目はどこか愛玩的で、まるで生まれて間もない子犬か子猫を撫でているようである。
「ちょっと、ココさん。こどもたちに変なこと吹き込むのやめてください。」
その時、背後から怪訝そうな声が聞こえてきた。
「神父様だ。」
「神父様、みてみて。ちょうちょ。」
「こっちでいっしょにあそぼうよぉ。」
澄んだ金髪を持つ若い神父だ。
また、神経質で生真面目な特性を除けば、ずるいほどに聡くココの好みに適合した人間でもある。

4/2/2024, 10:19:40 AM