つぶて

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行かないで

 現状満足という言葉が嫌いなのは、あの子を見ていればわかった。新しい店、新しい場所、新しい遊びを探し回り、次は何をしようかと言って私を困らせた。私はなんでもよかった。あの子と馬鹿をやっているだけで満足だった。同じ店でも、同じ場所でも、あの子と楽しめるならそれでよかった。
「なにこれ?」
 あの子が下駄箱の前で何かを読んでいた。覗き込むと、伝えたいことがあるから、という呼び出し。
「これは思い切ったね。勇気あるじゃん」
 私は笑おうとしたが、喉が渇いていて上手くできなかった。差出人の名前は知っていた。あの子と波長が合うだろうことも。
「……行くの?」
「んー、どうしよう」
「あいつ、いい奴だよ」
 これはある種の予定調和だった。現状満足を好む私と、現状満足を嫌うあの子の間にある何かが動き出しただけのことだ。それは地殻変動に伴う地震のように、遅かれ早かれやってくるものと理解していた。
「面白そうだし行ってみる」
「それがいいよ」
 一人帰り道を歩きながら、伸びた前髪が鬱陶しくて仕方がなかった。
 

10/25/2024, 8:18:10 AM