sairo

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暗く先の見えない回廊。
手にした提灯と、側に佇む黒を身に纏う男を視界に入れ、少女は不快に顔を顰めた。

「来たか、」
「問答をする気分じゃない。要件だけ聞いて帰るつもりだよ」

男の言葉を遮り、この場に訪れた事が不本意だと言外に匂わす。舌打ちをして、少女は手にした提灯を放り投げた。
唯一の灯りが消える。辺りが暗闇に閉ざされる。
己の姿さえ見えない程の闇に、それでも少女は狼狽える様子はなく。その闇すら煩わしいと、声を上げた。

「無駄に時間を費やすつもりはないから。さっさと出てきなよ」

ぼっ、と。
少女の言葉と同時。周囲に灯りが点る。
目の前に続く回廊は姿を消し、代わりにあるのは格子に区切られた座敷牢。
その奥。四肢を鎖に繋がれた男を認め、少女は不快さを隠しもせずに睨めつけた。

「それで?要件は何?」
「酷いな。久しぶりに会えたというのに」
「会わなくても見えてるんだから、会う必要性を感じない。早く要件を言って」

取り付く島も無い少女に、鎖で繋がれた男は楽しげに笑う。
それに舌打ちをして顔をさらに顰め。苛立つままに少女は男に背を向けた。

「帰る。ただ遊びたいなら、他を呼び寄せればいい。わざわざ会いに来たのがいたんだから、会ってやれば?」
「それの話をしようとしたんだ。待ってくれないか」

はぁ、と溜息を吐き。少女はようやくか、と振り返る。

「何?会わなかったのを後悔でもした?」
「まさか。判断材料が足りないんだよ」

笑みを消し、男は少女を見据える。
少女もまた不快に歪めていた表情を消して、その目を真っ直ぐに見返した。

「君は俺に何を望む」
「さっさといなくなってほしいかな」

男の言葉を少女は鼻で笑い、嘯いた。
それ以上の言葉を交わす事は無く。
沈黙。互いの真意を測ろうと、視線を逸らさず表情もなく見つめ合う。

くすり、と。
静寂を破り、少女の口元が歪んだ。

「まあ、冗談だけど。でもあれを放置していた責任は、取ってほしいとは思ってる」
「それはそうだけどね。俺は今、ここから出られないから」
「選り好みするからだ。自業自得」

言外に無理だと告げる男の言葉を、少女は呆れを滲ませ突き放す。だが男が安易に出れぬ理由を知るが故に、視線が迷い揺れ動いた。
それを見て、男が腕を伸ばす。
じゃら、と鎖が音を立て。その腕はしかし、格子にすら届かない。

「白《しろ》」

男が呼ぶ。その名に少女は顔を顰めて首を振った。

「やめて。もうその仮の名は捨てたんだから」
「そうだったね。――玲《れい》」
「…何?」

改めて呼ばれた名に、少女はおとなしく答える。
思う所はあるものの、これ以上は時間の無駄になるだけだ。
それを知って、男も敢えて話を引き延ばす事をせずに少女を手招いた。
格子の手前まで歩み寄り、少女も手を伸ばす。男の手に自らの手を重ね、目を閉じた。



「あぁ、そういう事か」

触れた手を通して見えたものに、男は納得したように頷いた。
手を離せば、さりげなく服の裾で手を拭う少女に苦笑しつつ。玲、と少女の名を呼んだ。

「いいよ。連れてきてくれたなら会ってあげよう。その子が俺を出してくれるというなら、あれの所に行ってもいいよ」
「連れてくるのはちょっと。警戒されてしまっているだろうし」

顰めた顔を僅かに曇らせ、少女は言葉を濁す。
好かれてはいないのだろうと思う。特にこの場所に来る前に起こった事を考えれば、好かれる要素は何もない。
好かれぬ者に誘われたとして、果たして来てくれるものだろうか。

「そこはどうにでもなるだろう。俺を探しているのだろうから、素直に話せばいい」
「そう単純な話じゃない。ちびたちがやらかした事を考えると、話すら聞いてもらえない可能性がある」
「だが俺と縁が繋がっていないのだから、招き入れる事は出来ないよ。他に方法はないだろう」

そうだけど、と煮え切らない態度の少女に、男は目を細め。
見定めるその目に、少女は分かった、と力なく頷いた。

「誘いに乗るかは分からない。それでも何とか入り口までは連れてくるよ。その時は篝里《かがり》に案内を頼む」
「仕方ないな。それでいいかい」

振り返り声をかければ、いつの間にか男の後ろにいた黒を身に纏った男が小さく頷いた。
黒の男の同意を得られた事で、小さく安堵の息を吐き。
少女はどこか疲れたような顔をしながら、帰る、と背を向けた。

「分かっているとは思うけど、急いでくれ。時間はあまりない」
「はいはい。分かってるって」
「本当に分かっているのか。まったく。君はもう少し俺の意識を持つべきだと思うんだけどね」
「いやだよ」

男の言葉を否定する。
振り返る事もせず、いやだ、と繰り返した。

「別れたものは一つにならない。戻る気もない。今回の事がなかったら、こんな湿っぽい所になんかくるはずもなかったんだ。それを忘れないでよ、藤白《ふじしろ》」

男の意識も意思すらも、今はもう関係はない。
今回は特別なのだと、念を押して。

じゃあね、と投げやりに声をかけ、少女の姿が掻き消える。
その姿を見送って。仕方がないな、と男は小さく笑みを溢した。



20241108 『あなたとわたし』

11/8/2024, 3:52:03 PM