見えたものを認識して
それの対処を考えて
その命令が脳から下って
足がブレーキを踏む
その間の刹那に車が進む距離を“空走距離”という。
自動車学校で習った。
教習所の先輩から言葉だけ聞いた時は、“空想距離”かと思った。
なぜ自動車学校でいきなり、そんな空想の話が出てくるんだろう。案外、この自動車教習所という学校も、メルヘンなところなんだな、と馬鹿みたいに思った。
しかし、蓋を開けてみれば、認識→行動の間の距離のことらしい。
なるほど。確かに情報の巡りが早いとはいえ、私たちの感覚の部位と思考の部位には距離があって、それを伝えるには時間がいるのだ。
その刹那の時間にも、周りの時間は動き続けるのだ。
自動車は走るのだ。
考えてみれば当たり前の話だ。
…だから、既読がついても返信が返って来ないのも、脳への伝達に時間がかかっているから、仕方ないことなのだ。
空走距離は、車道以外にもある。
LINEのやり取りにだって潜んでいるのだ。
そう、思うことにした。
だって、今日も遠距離に住む君からは返事が返って来ない。
開いても写るのは、既読、の二文字だけ。
…これは空走距離なのだ。
私たちの心の距離でも、物理的な距離でもなくて。
…ただ、君の空走距離がちょっと長いだけ。
ため息をついて、携帯を閉じる。
時間が、ゆっくりと流れて、空走距離へとなっていく。
12/1/2024, 3:00:05 PM