ㅤ外に出たら、雨は止んでいた。
ㅤ久々の休日で昼までたっぶり寝たあと、借りた本を返すため、土砂降りのなか図書館まで来たのだ。
ㅤ貸出期限延滞の督促メールが三回届いて、電話が二回あり、先日はとうとう葉書まで受け取ってしまった。私一人にかけられた人件費を思うと胸が痛い、などと考えてしまうのはもしかして職業病だろうか。
ㅤ雨は一日降り続くと予報で言っていた。このために着替えるのは面倒だったけど、今日返さないとまた電話をもらってしまう気がして、頑張って出かけたのだ。豪雨の中をすぐに取って返す気になれず、来たからには少しだけ、なんて思ってるうちに、あっという間に閉館時刻が来ていた。
ㅤ微かに漏れ聞こえていた蛍の光が、ふつりと途切れる。振り向くと、エントランスは真っ暗だった。非常灯の青白い光が、周囲を幻想的に照らしている。夜の図書館では本たちが歩き回ってお喋りに興じるという、昔読んだ絵本を思い出した。
ㅤ空はまだ厚い雲に覆われていた。天気アプリを見ると、雨は二時間ほど前に止んでいたらしい。止むなら止むって言ってよね、と独りごちて、閉じた傘を腕に掛け、あたしは空を睨んだ。
ㅤブラブラと歩き出す。久しぶりに、時間を忘れて本を読んだ気がする。春先の淀んだ空気が雨に洗われたのか、街灯が照らす桜が三割増しくらい綺麗に見えた。
ㅤ灰色の雲のなか、空に向かって視界の左から右上へと小さな光が昇っていく。飛行機だ。こんなところを飛んでたとは知らなかったな。
ㅤまっすぐに空に向かっていく影は不思議なほど大きく感じられたけど、飛行音は聞こえない。意外と高いところを飛んでいるのかもしれない。
ㅤ小さな瞬きが灰色に馴染んで消えていくのを、なにか神聖な気持ちであたしは眺めていた。
『空に向かって』
4/2/2025, 11:36:32 AM