藍間

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「あっくんって、本当私のこと好きだよね」
 彼女はいつも、無邪気な言葉を投げつけてくる。昼休みの空き教室でおにぎりをかじっていた俺は、彼女を横目にしながらため息をついてみせた。
「そんなわけあるか」
「嘘。私のこと視線で追ってるの、知ってるから」
「それを言ったら、みんなお前のこと好きになるだろ」
「うん。そう。みんな私のこと好きみたい」
 けらけらと笑う彼女は、それでも大概の人の目には可愛らしく映るらしい。本当不条理なことだ。俺からすると、彼女は悪魔にしか思えない。彼女と離れるためにこの大学を選んだのに、なんでここにも彼女がいるのか。
「だって私、嘘つかないもの」
 子どもの頃と変わらぬ顔で微笑んだ彼女は、つんと指先で俺の肩をつつく。
 昔からそうだった。愛されていることに自信たっぷりな彼女は、いつも皆の中心にいた。そんな彼女がなんで俺に話しかけてくるのか。それが最大の謎だ。
「あっくんとは違ってね」
 したり顔でそう告げられた俺は、思わず眉をひそめる。
 ——そう、俺は嘘つきだ。彼女が俺に構うのは、俺のことが好きだから。そんなことはわかってる。でも知らない振りをしている。これ以上彼女に振り回される人生はごめんだから、気がつかない振りをしている。
 彼女が猛勉強したことだって。化粧をしない理由だって知っている。全部全部俺のそばにいるためだ。でもそうまでして俺にこだわる理由がわからない。わからないから怖くて、いつもはぐらかしている。
「うっさい奴だなぁ」
 俺にはそんな価値なんてないのに。皆から好かれてる彼女が、なんで俺に興味を持つのか。
「だって話しかけないとあっくん、ずっと黙ってるから」
「いいんだよ、それで」
 この関係がどうすれば変わるのか。答えを出せない俺は、またおにぎりにかぶりついた。
 自分の気持ちがどこにあるのか。それさえ見ないようにして。全てに、蓋をして。

5/12/2023, 12:29:24 PM