「あの人のことを、好きになってしまった。」
初めて、幼馴染である友人に嘘をついた。
恐る恐る目を彼に向けると、目を見開いたまま、固まっていた。
あの人、と指した人のことはきっとすぐに分かったのだろう。
「そうか」と口にした声は震えている。彼は隠せているつもりなのだろうけど、動揺が目に見えていた。
僕があの人、と呼んだ女性のことを彼が好いているということは、知っていた。
別に面と向かってはっきりと言われたわけではない。 でも、彼女のことを追う視線や、態度で透けて見えていた。
それを知っていて、いや、知っていたからこそ、彼の傷つく言葉を口にした。
恋愛というものに、昔からあまり興味がなかった。誰か人に恋をする、ということも、記憶にある限りでは、1度たりともない。
なのに、僕は、その友人に恋をしてしまった。
初めての感情にどうしていいか分からず、さらに相手は男ときている。戸惑い、感情の整理がつかなかった。
そんな時だった。彼が僕と彼の下宿先の娘に恋心を抱いていると気づいたのは。
皮肉なものだ。気づきたくなかったのに、彼のことを見ているといやでも分かってしまう。
友人の彼は、優しかった。自分が諦めて丸く収まるのなら、真っ先に自分を犠牲にしてしまうような人だった。
だから、僕がその娘を好きだといえば、諦めてくれると思った。
我ながら、自分は最低な人間だと思う。
こんなこと、なんの意味もない。
「恋愛に興味なんかないんじゃなかったのかよ」
彼は、そう、小さく、苦く笑った。
それから、隣を歩く足が早まった、
やっぱり、あのひとのことが好きなんだと言うことが痛いほどに分かった。
いつもの彼なら、応援するよ、と真っ先に言うはずなのだ。
胸が締め付けられるような罪悪感と切なさが襲ってくる。
このまま彼といるのは、きっと耐えられない。
明日、ここを出ていこう。勝手にそう心に決め、彼の背中を見た。
7/14/2025, 9:25:02 AM