望月

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《静かな情熱》

 王都から少し外れたところにある基地で、騎士団の合同練習が行われる。
 騎士団、魔法士団、魔法騎士団の三つの団が一堂に会する機会だ。
 毎月、三日間かけて行われる合同練習だが、練習試合に参加するのは各団から実力者十二名ずつとなっており、そう多くない。また、三日のうち団長副団長を除いた各団員が参加するのは一日のみだ。他二日は通常業務に当たっている。そうしないと首が回らなくなるからだ。
 練習試合に不参加の団員は試合を観たり、各々が訓練に誘い合うことができる。これはそういう、一大行事なのである。
 試合の始まる前の緊張感が漂う場の傍で、今月入団したばかりの新人を加えた十二名の騎士団員が準備運動をしていた。
「さぁ、今回はどうなるかな」
「いやいや、どうせ魔法騎士団の圧勝だろ? 仕方ないけど面白くないよなー……」
「……今回も、か」
 新人から唯一参加となるナイアは、小さなため息とともにそう呟いた。
 先輩騎士達から聞こえてきたのは、今回もまた魔法騎士団に負けるだろうという話だ。
 いくら各団から実力者十二名を集めた試合と言えど、そこまで露骨に差が出るものなのかナイアは不思議だった。
 最初は魔法士団と魔法騎士団のようだ。先輩らに倣って見学席側に移る。
 賭けをしているのか、紙片を握りしめ祈るように開始を待つ騎士もちらほらと見られる。
 月に一度、この程度の風紀の乱れは許容範囲内というか黙認されるそうだ。一日しかないが、毎月ある祭りだと思えば普段の欲も制御されるのだろう。
「——これより、魔法士団と魔法騎士団の模擬戦闘を開始する。……始めっ!」
 ナイアが周囲を観察しているうちに始まった。
 結果を言えば、圧倒的だった。
 そもそも魔法士は近接に弱い。当たり前だが、魔法の発動には時間がかかるからだ。その為回避する技術と護身術は身に付けているが、それでも寄ってくる騎士を払い除けるのは難しい。
 互いに一切の妥協をせず戦うこと。
 それが原則である以上一方的な戦いとなるのも仕方がなかった。
「今回は善戦した方だよ」
「よく頑張った! 凄かったぞ、魔法士団!」
「魔法を撃つ速度が上がってるな」
 そんな、励ましの声と共に、
「魔法士団が直ぐに壊滅する、に賭けた奴は誰だー? 後、苦戦するって言った奴もー!」
「俺は十分は保つって賭けたぜ」
「思ってたより粘られたな……くそっ!」
 賭けをしていた周囲の団員の声が聞こえる。
 中々に残酷かつ薄情な会話が飛び交う現状に、ナイアは呆れてしまった。
 同じ主を頂く団員同士だというのに。
「……よし、お前ら準備はいいか? 簡単にはやられるな。騎士として恥じない動きをしろ。お前の思う正解を貫き通せ」
「はッ!」
「行くぞ」
 団長の掛け声で試合場へと向かう。
 先程の試合を見た後だ、先輩たちの表情は明るくない。
 正直、ナイアも、これは勝てない、と確信してしまった。
 毎回同じ順番らしい、騎士団の士気の低下もやむを得ないと見られる。
「これより、魔法騎士団と騎士団の模擬戦闘を開始する。……始め!」
 依然、士気の低いまま——それでも各々が矜恃を持って——試合は幕を開けた。
 十二名ずつ、合わせて二十四名の騎士同士がぶつかる。最初は距離を詰めて戦士の動きを見せる辺り、魔法は終盤に使うつもりか。
「……っ、くそ、キッついな!」
「うわぁっ……!」
 それでも彼らの技能は騎士団員を蹴散らすに十分だった。
 気が付けば味方の数が減っていて、半分が地面で気絶していた。
「……勝てないのは、当たり前……か」
 試合前に、どうせ勝てないから好きに動け、と励ましか自虐かはわからない言葉をかけてきた先輩も倒れていた。
 騎士団が残り四名に対して、魔法騎士団は残り十名。差がありすぎる。
 もう、勝てるわけがない戦いだ。
「……勝てない、相手……!」
 それなのに、体が反射的に動く。
 勝ちたい、負けたくない、諦めたくない。
 とかいう気持ちではないのだ。
 ないが、それでもここで剣を下ろすのは許せない。
 だからこそ、ナイアは止まらない。
 それでも確かに、限界だった。
「……新人、もういいぞ、ありがとうな」
 よくやった、と終わりを察知して言う団長に対してナイアは剣で応えた。
 彼を捕らえんとする魔法騎士の剣を弾き、突きを繰り出す。切っては足技をかけ、受け流しては突く。
 正直勝てればそれでいい。
 騎士道に多少、反しようが、終わりたくないという気持ちだけで動ける。
 ナイアが初めて抱いた、不可思議な熱は、確かに周囲の人間へとつながった。
「まだ……まだ負けてない。だったら、最後までオレが信じる行動を取ります」
 そう言いきったナイアは、剣を強く握り締めた。
 静かなる熱情を、その瞳に映して。

4/18/2025, 10:18:22 AM