彼は今あいつが憎くて憎くて仕方ないだろう。殺したいぐらいだろう。
思い出が詰まった大切なものを壊されたのだ。そりゃそうだ。憎んで当然だ。
「大丈夫?」
帰り道、僕は彼に声をかけた。少しでも心が楽になるようにと背中をさする。
“泣いて大丈夫なんだよ” “よく耐えたね”
さすりながらそんなありきたりな言葉をかけた。
彼は笑って言う。
「うん、大丈夫だよ。」
いつも通りの笑顔に一瞬心が惑わされる。
そんなことをされても手を出さないなんて。怒鳴らないなんて。
「優しすぎるんじゃない?」
おもわず声に出してしまった。
焦った僕はすぐつぎはぎに言葉をつけたす。その間の彼は黙ったままでさらに僕を慌てさせた。
次の言葉を頭の中で巡らせていた時、やっと彼が口を開いた。
「優しいんじゃない。」
今にも泣き崩れそうな表情。小さく震えた声。
初めて見るその姿に僕は唖然とする。
「勇気がないだけだ、弱い人間なだけだ、優しくないんだよ、」
苦しそうに言葉を連ね続ける彼。
「そっ…」
“そうだよね” “辛かったよね”
僕はすぐに声を飲み込んだ。声を出せなかった。
今の彼に何を言っていいのか分からなかった。
何を言っても彼にとったら醜い毒なような気がした。
僕は理解した。
彼は今あいつを責めてるんじゃない。自分自身を責めてるんだ。自分が憎くて憎くて仕方ないんだ。
いや、違うかもしれない。
勝手にそう解釈してまた理解したふりをしているのかもしれない。
僕は結局何も言えなくて、小さく鼻のすする音だけが聞こえた。
10/15/2024, 6:12:04 AM