オリジナル短編小説(1)
お題「1つだけ」
1つだけ、言えなかったことがある。
そう、たったひとつだけ。
そのたった1つの言葉だけで僕がこんなにも後悔することになるなんて…。
XXXX年○月✕日、僕は家の前で、ただ呆然と立っていた。
今日は、向かいの家の由利が引っ越す日だ。
彼女とは小さい頃から知り合いで、よく遊ぶ仲だった。
僕は彼女に、1つだけ、伝えたいことがあった。前からずっと言いたかった。今日こそ、今日こそ伝えなければと思うたび、声が出なくなる。
今日は言うんだ。絶対に。後悔する前に…。
しかし、今日も、声が出ない。時は刻一刻と過ぎていき、ついに彼女の家の荷物は片付いた。まもなく出発してしまう。
「…じゃあ、またね。」と、彼女は言う。
僕は、無言で彼女を見つめた。
…また、言えなかった。…もう、言えないんだ。
彼女が車に乗る。車はゆっくり走り始めた。
ふと、車の窓が開き、彼女が顔を出す。
「ずっと、大好きだよーーー!」
僕は、ハッとした。彼女の方へ走らずにはいられなかった。
僕は、彼女に大声で叫ぶ。
「ーーー、ーーーーー!!!」
しかし、やはり声は出なかった。
数日後、白と黒の世界がそこにあった。
大きな箱と、たくさんの花。
その中央には微笑んでいる彼女、由利の姿があった。その両隣には、彼女の両親も居た。3人で微笑んでいる。
動くことの無い表情が、そこにあった。
彼女が乗った車は、あの後交通事故にあったそうだ。
…僕は、そうなることを知っていた。
何度も、伝えようとしていたんだ。
見えない何者かに、首元を締め付けられるような感覚。そのせいで毎回、彼女に言えなかった。
「その車、呪われてる」
言いたかった。僕には見えたんだ。
呪われた車が。由利を殺そうとしているのが。
僕がそれを伝えようとする度、その呪いは僕を襲い、声を奪った。だから、伝えられなかった。
「…ごめん、由利。ゆっくり、休んでね。」
〜終〜
4/3/2023, 7:12:22 PM