『ハッピーエンド』
彼女は乱読家ではあるが、好みはある。
自身で本を購入するときは、主に自己啓発本、小難しい専門書、近代文学作品、装丁が凝ったハードカバーの書籍を手に取ることが多かった。
近くの大型書店で手に入る範囲で洋書も好む。
そんなリアリストな彼女が、女児向けアニメを毎週録画しているだけでなく、毎年のようにシリーズ上映されているアニメ映画を観るために苦手な映画館に通おうと計画していたのだから驚きだ。
シリーズのマスコットキャラクター、ハムスターの見目をした妖精さん、ハムハムちゃんを推しているとはいえ、優しい世界と善人たちで成り立っている物語の沼にどっぷり浸っている。
ちなみに、映画館は照明の明るいキッズ向けシアターを狙っていたらしいが、大人のみでは入れないと知り、泣く泣く諦めたとのことだ。
「……映画館に入れなかった代わりに、特装版のパンフレットとぬいぐるみにアクスタですか」
「えへへ」
リビングのローテーブルに並べられた戦利品に、彼女はバツが悪そうに笑ってごまかされる。
ほかにも、食べもしないクセしてハムハムちゃんのポップコーンバケットやドリンクホルダー、ブラインドのミニフィギュアに缶バッチなど、金にものをいわせてなかなか派手に買い込んできた。
グッズを集めたい気持ちはわからなくいし、彼女がテンションに任せて勢いで物を買ってきたことに対して、とやかく言うつもりはない。
しかし、だ。
そのハムハムちゃんたちの配置について俺たちは少し揉めている。
「テレビの前にアクスタとミニフィギュアを置くのは反則では?」
「だ、だって本棚に収まらなくなっちゃって……」
彼女は3段式の小さな本棚のうち、2段もハムハムちゃんのエリアに拡張したが、収まりきらずテレビの前にハムハムちゃんとヒロインたちのアクリルスタンドを置いたのだ。
ハムハムちゃんにいたっては3体もミニフィギュアが鎮座している。
俺にはショーケースにキッチリ収めろ、作業部屋からグッズをはみ出させるなと要求したクセに。
元々の彼女のエリアが狭いから俺だって打診するつもりでいたが、だからってテレビの前はずるすぎる。
リビングの一番目立つところだぞっ!
俺だって置きたいっ!
「それなら俺もベッドボードに推しのアクスタ置きたいですし、寝室のカーテンも推しのカーテンに差し替えたいです」
「その推しって私だよな??」
「当然です」
「絶対ヤダ! なんでわざわざ自分の顔で1日を締めくくらなきゃいけないんだよ!? 冗談じゃないからな!?」
「その見た目で自己肯定感激低なの意味わかんないんですけど、どうなってんすか。自己肯定感の高さって実は身長に比例するんですか?」
「はぁあああ!? そっちの厚かましさのほうが身長に比例してんだろっ! どさくさに紛れてマグネットも作りやがって! 実用性兼ねてくるほうが卑怯だかな!? 寝室とか耐えられない! てかどんだけカーテン作ってるんだよ!? 自重しろっ!」
「してますよ」
「どこがっ!?」
「カーテンは年イチで我慢してます。そもそもあなたの魅力が青天井に更新されていくのが悪くないですか?」
「知らないよっ! 私はなんも悪くないっ!」
「それはそう! あなたのかわいいは正義です」
レスバトルの強い彼女にらちがあくはずもなく、俺は仕切り直すつもりで息を吐いた。
「本棚と同じ高さの収納棚とかどうです?この高さなら2重スライドできるタイプもあるみたいですよ?」
「んえっ?」
「テレビの前だけは譲れません。つーかその量はスペースを広げたほうがよくないですか?」
「い、いいの?」
「いいもなにも、元々あなたの荷物は少なすぎるくらいですし。もっとでかい収納棚にしますか? ハムハムちゃんはしばらく活躍するでしょうから、この先グッズも増えますし、どうせ円盤も揃えるつもりでしょう?」
「う、うん。でも、大きいのはいい……。サイズ、本棚と揃える」
「そうですか? 我慢しなくていいですよ?」
「おっきいハムハムちゃんのぬいを上に置きたい」
「あぁ、あれですか」
同棲前に、ハムハムちゃんの等身大ぬいぐるみを持ち帰ってきたことを思い出した。
「この棚の高さがちょうどいいの」
彼女の身長なら確かに、扱いやすい高さだろう。
再度、彼女の地雷を踏む勇気はなく、ここは黙っておいたほうが得策だ。
「まぁ、あなたがそう言うなら。色は白で揃えます?」
「うんっ」
上機嫌に揺れる彼女の頭を撫で、収納棚の購入ボタンをポチッと押す。
ハムハムちゃんの置き場をめぐったいさかいは、これでなんとかおさまったのだった。
3/30/2026, 9:07:34 AM