KAORU

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「たくさんの思い出が詰まってるはずだったのにねぇ」
「そうだね、学園ドラマみたいには上手くいかないね」
 15年ぶりに小学校に集まり、卒業記念で埋めたタイルカプセルを掘り出してみたら、保存状態が悪く中身が土や雨水のせいでぐちょぐちょになっていた。紙物を多く入れたはずなのに、ほとんど読めない。
 集まったクラスメイトの落胆した顔と、さもありなんという諦め顔を見渡しつつ、俺は汗の浮いた額を拭った。技能主事さんからスコップを借りて掘り起こす作業は、結構重労働だった。男子5人がかりで校庭の隅を掘削した。
「まぁしようがないよなー。プロの手を借りて真空パックとかにした訳じゃないし」
「こうやって、みんな集まるきっかけになったんだからいいべー」
 汚れた手を払い、スコップ返したら飲みにいくかと言ってみると、いーなそれ!と場が沸いた。
「匠くん、そういうとこ昔から変わらないね」
 手を洗おうと水道に行きかけた時に、声をかけられる。振り向くと、きれいな子が笑っていた。
「ポジティブシンキングなとこ。いつもクラスの真ん中で笑ってたね」
 誰だろう。どうしても思い出せない。俺は頭を捻りつつ、「そうだっけ?」と適当に合わせた。
「憧れてたなー私。自分はいつも悲観的でぐじぐじ悩む方だったから、特に」
「買いかぶりじゃないか。俺、いつも先生に叱られてたよ。野々宮あー、うるさいぞって」
「先生の真似?似てるー」
 くすくす笑う。……誰だろう。こんなきれいな子、いたか?いや、女子は成人すると化粧してホント昔と別人みたいになるからーー失礼な意味じゃなく、褒め言葉として。うん。
 俺は思い切って言ってみた。
「君もどう? これから飲みに行くんだけど、良ければ」
「ホント?行きたい、うわー嬉しい」
 ストレートなOKが来て、テンションが上がる。俺は店の名前を告げて、先に行っててよ。俺、手洗いしてスコップ返却とか、職員室に挨拶とかしたら行くからと告げると、わかったと頷いた。
「じゃあね、また」
 片手を上げて校門の方へ行く。俺はそれを見届けて、何だかいい雰囲気じゃないかと鼻歌を歌いながら借りたスコップを水で流した。
 そこへ、悪友がやってきて「おい、匠。お前さっきなに独り言話してたんだよ、ちょっと気味悪かった」と声を顰める。
 独り言?
「なに言ってんだよ、ちゃんといたろー?可愛い子がそばに」
 やっかみかと笑うと、そいつの顔が曇る。
「お前大丈夫か?……水道周りにはお前しかいなかったよ。なあ?」
 周囲の奴らに同意を促すと、ああ、匠だけだった。変だと思ってたと口々に言う。
 俺は訳がわからない。だっていたろ?俺、会話したもん、これぐらいの髪の長さのこういう感じの子と、懸命に身振り手振りで説明する。
「もしかして、匠の言う子って。……この子?」
 クラスメイトだったカナが、携帯の画面を見せてくる?そこにはバストショットの、さっきのきれいな子が映し出されていた。
「そうそう、この子だよ。俺に話しかけてきたから、飲み会の場所教えたんだ。来るって言ってたよ」
 俺が答えると、カナは何とも複雑な顔をした。泣き出しそうな、嬉しいような。
 ?
「梓だよ。覚えてない?あたしらアズ、アズって呼んでた。ちょっとこれよりふっくらしてて、大人しくて、あんま目立たない子だったけど、優しくていい子だった。永森梓」
 俺は名前を聞いてもすぐピンと来なかった。カナは言いづらそうに視線を逸らした。
「アズね、去年病気で亡くなったんだ。元々体弱くて、学校も休みがちだった子だけど。タイムカプセル、今日ここでみんなで開けるの楽しみにしてた。匠、知らないでしょ。アズ、あんたのことずっと好きだったんだよ。小学校の頃、アンタのことばかり見てたって言ってた。会うの、楽しみにしてたよ」
 でも、とカナが唇を噛む。
 俺はにわかに信じられなかった。ようやく、朧げに小学校時代の面影が脳裏に蘇る気がした。
 匠くん、と俺を呼ぶ声は、子供の頃の彼女のものか、それともついさっき言葉を交わした時のものかーー
 カナは優しい声で言った。
「来たんだね、アズ。今日、ここに。クラス会に。15年ぶりにどうしても匠に会いたかったんだろうね」
 男冥利に尽きるじゃない。それを聞いていた悪友が、俺、今日奢るわー匠としんみり言った。
 俺は水道にスコップを立てかけて、彼女が消えた校門を見やる。姿はそこにはないと分かっていても。
 匠くん、そういうとこ昔から変わらないね。憧れてたなー。
 彼女の声は、もう曖昧だ。優しい風が頬を撫でる。
 会いに来てくれたのか? 俺に。
 時間とか、色んなものを超えてーーここまで。
 もしそうなら、ありがとう。
 噛み締めるみたいに俺は思う。
 タイムカプセルの中身は紐解けなかったけど、大事な言葉と想いはしっかり受け取れたよ。
 アズ。梓さん。
 もう少し君と話したかったな。それだけが心残り。
 俺は水道の蛇口をキュッと閉め、スコップを持ち上げてさぁ行くかと昔の級友たちに笑いかけた。
 

#たくさんの思い出

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11/18/2024, 5:05:40 PM