夜の祝福あれ

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零時の重なり

午前零時、古びた時計塔の鐘が静かに鳴った。

その瞬間、時計の針がぴたりと重なり、街の時間が止まった。

誰も気づかない。けれど、彼女だけは知っていた。

「また来たのね」

時計塔の下、白いワンピースを揺らしながら少女はつぶやいた。彼女の前に現れたのは、灰色のコートを着た青年。彼は、毎月満月の夜、時計の針が重なる瞬間にだけ現れる。

「君に会えるのは、この一瞬だけだ」

青年は微笑む。彼の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。

少女は彼の手に触れようとするが、指先はすり抜ける。彼はもうこの世界の人間ではなかった。事故で亡くなった恋人。彼女はその事実を受け入れられず、時計塔に通い続けていた。

「時間が重なるとき、僕は君の記憶の中に戻ってこられる。けれど、針が離れれば、僕も消える」

「それでもいい。あなたに会えるなら、何度でもここに来る」

青年はそっと彼女の髪に触れるふりをした。風が吹き、彼女の髪が揺れる。

「ありがとう。君が僕を忘れない限り、僕はここに来られる」

鐘が二度目の音を鳴らす。針がずれ、時間が再び動き出す。

青年の姿は、夜の闇に溶けて消えた。

少女は静かに目を閉じた。

「また、来月ね」

時計の針が重なるその瞬間に、彼女は永遠の一秒を生きていた。

お題♯時計の針が重なって

9/24/2025, 11:42:29 AM