「静寂」と、云う言葉が似合う人が
今…私の目の前に居る。
その人は毎日同じ時間に此処に現れ
入口から離れにある窓辺の決まって毎日同じ席に座り
此方に背を向け本を読んでいた。
この人を良く見かけるようになったのは、ここ半年
あまりだと思う。
勤め先でもある此処、荻窪第2図書館の司書をしている私は、子供の頃からの長年の夢だった
《本にかこまれて仕事をする》を実現でき今は毎日が
楽しい。世間は、本を読まずにスマホに触れる事が多くなった。だが…その反面、昔と変わらず紙の本を愛する者も実は結構多いのだ。年配の方、子供、女性、男性
入れ替わり立ち代わりに荻窪第2図書館へやって来ては
本を借りて家へ帰る人、席に座り本を読む人実に様々
図書館特有の静寂な雰囲気も、私は気に入っている。
受付の席に座り仕事をしつつ、人間観察をするのが
私の日課でもある。
その日も変わらず、普段と同じように時間の流れがゆっくりと進む荻窪第2図書館に、その人は現れた。
くしゃくしゃの黒い髪の毛に、襟付きの半袖の白シャツを開け黒のインナーを見せ、黒のスキニーパンツに
ブランド物のお洒落なサンダルとベルトをしている男が
目の前を通り過ぎ、あの席へと向かっていた。
彼に対する第一印象は、❝チャラ男❞
とっても、苦手なタイプだ
もし、煩くしたら此処から追い出して出禁にしてやる。
…と、意気込んでいたが彼は服装がチャラ男だが
根は常識があるらしく、ただ静かに本を読んでいた。
そして、毎日必ず午後15時になると荻窪第2図書館へとやって来る。同じ席に座り図書館が閉まる時間まで
ずっと本を読んでいるのだ。
次第に私は、この人は何の本を読んでいるのだろう?と、気になり出した。今日返却された本を台車に載せ本棚へと戻す際、台車を押しながらさり気なく彼のワキを通る時にチラリと横目で見て見る。
タイトルまでは読めなかったが、どうやら洋書のようだ
書かれている文字が日本語では無かったからだ。
あいにく私は、外国語の文字が読めないから…この人が読んでいる本が何の本なのかまでは分からなかったが
洋書が好き?な事だけは分かったから良しとしよう。
そのまま、彼のワキを台車を押したまま通り過ぎた。
彼の視線にも気が付かぬまま、私は本棚が並ぶエリアへと足を進めた。
秋の陽気を感じられる季節がおとずれる。
10月に入ったのだが、まだ暑い日がある今年の秋
秋と云う季節がなくなるんではないか?説も出ている
そんな日に、私は今日も荻窪第2図書館の受付席に座り
ボーっと、人が居ない図書館の中を眺めていた。
今日は、10/09の午後15時半を過ぎた頃なのだが平日にも関わらず珍しく図書館に人が居ないのだ。
いつも静寂な図書館が余計静かで少し寂しい気がする
仕事をしようにも、今日は返却された本は無いし…
本棚の整理は午前中に終わってしまったし…
棚の掃除も床の掃除も終わってしまったし…
やる事がなくなってしまった私は、こうして受付席に座りボーっと、しているしか無くなってしまったのだ。
もう…今日は誰もこなそうだし図書館を閉めて帰ろうかなー…などと、考えていたら図書館の入り口の扉が静かに開いた。外の風と共に金木犀の香りが図書館の中に入って来て、室内は良い香りに包まれていた。
何気なく、入り口の方へと顔を向けると3週間ぶりにチャラ男の服装の彼が本を片手に入ってきたではないか
今日は、チャラ男服では無く普通のお洒落な服装だった
如何にも彼女とデートをして来ました!って感じの服装
髪もセットしてあるし…今日は眼鏡もしてるし…
あまりジロジロと人を見るのは失礼だから、彼を見つめるのを止め自分の手元に有る貸し出し帳とパソコンの電源を入れてお仕事モードに入った時だった。
『あの…』
声を掛けられ頭を上げた時だった。目の前に先程入って来た彼がカウンターの反対側に立ち私に声を掛けてきたのだ。その声は、予想していたより斜め上の声の低さ…
そして…艶っぽくセクシーだ。
女でも男でも恋に堕ちそうになるその声に少しドキリとし心臓が跳ねる。
彼にバレないように、平常心を保ちつつ
「こんにちは、本の返却ですか?それとも貸し出しですか?」
と、私は笑顔で対応をする。
彼は、私の笑顔を見て少し言い淀んでいたが覚悟を決めたのか真っ直ぐに私の目を見て、少しだけ震える声でこう語る。
『…貴方に恋をしてしまいました。貴方の心も…
此方で貸し出す事は出来ますか?』
私が勝手に想像をしていた静寂と云う言葉が似合う彼は、実は本当はただの普通の何処にでも居る恋する男の人だった。
10/8/2025, 3:34:23 AM