徒然

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「昔ほど燃えなくなったというか。好きじゃなくなった訳じゃないんだけど、やっぱり付き合ってた頃とは違うよね」

「わかるー。うちはもうマンネリ。会話もないし、何の為に一緒に居るかわかんないよ」

「子供出来たら余計じゃない?女として見られないし、男として見れないし。パパとママであって、家族になっちゃった感じ」

「うちもずっとレス。子供産んだらもう女として見れないとか言い出してさ。体型変わったのが無理とか」

「それな。誰の為に産んだんだって話。まぁ子供が可愛いから我慢出来るけど」

「うちなんて離婚秒読みだよー。本気で別れるか悩んでる」

「えー!?あんなに仲良かったのに?何かあったの?」

「何もない。むしろ何もないのが問題っていうか……」

「あーあるよねそういうの。付き合ってた頃は良かった、みたいな」

「そうそれ、思ってたんと違うというか。ずっと相手に恋し続ける事って出来ないじゃん?」


 居酒屋、飲み屋の席、隣の席。どうやら全員既婚者らしい女子会の会話を肴に酒を煽る女1人。こっちは先程彼氏に振られた哀れな独身アラサーお先真っ暗。別に結婚が全てじゃないけど。でも結婚したいよ。結婚するつもりだったよ。付き合って8年だよ。結婚するつもりはないなんて、そりゃないよ。
 結婚は人生の墓場らしい。誰が言ったか知らないがそんな言葉がある。有名な言葉だよね。意味は何だろうか知らないけれど、墓に入るまで一緒とかいうロマンチックな話じゃない事は知ってる。どちらかといえばマイナスな話で、結婚なんて良くないなんて。そんな感じで使う男達が多いイメージ。偏見だけど。
 隣の会話を聞いていたら案外女性も同じ事思ってるのかな、とか思った。

 結婚すれば幸せだと思っていた。
 実際結婚した周りの友達は、少なくとも結婚すぐは幸せそうだった。式では幸せな笑顔で、旦那さんと笑い合っていて、周りの友達もみんな祝福ムードで。その後だって新婚ならではの惚気話や愚痴すらも幸せオーラが出ていた。

「優も克也くんとそろそろ結婚しないの?」

 そう言われる度に「もうそろそろかな〜」なんて答えて。実際そうだと思っていた訳で。まさか結婚する気がないという理由で別れる事になると思ってなかった。私の8年間。何だったんだろう。

「真面目に離婚考えてるんだけどさ。今旦那の事好きかって言われたら迷う」

「えーそんなに?もう好きじゃないの?」

「好き……がわかんない。嫌いじゃないけど、付き合ってた時みたいなドキドキ感?っていうの?あだいうのって少しずつなくなるじゃん。結婚して、夫婦という形になって、その内何でこの人と一緒になったんだろうって考えちゃって……」

「でもその気持ちわかるなぁ。私は今でも旦那の事好きだけど、でも付き合ってたあの頃の好きとは違うよね」

「それはわかる。なんか、付き合ってた時って恋してた!っていうか。自分も恋に恋してた所もあるけど、やっぱり恋愛してたよね」

「そうなの!結婚してからはさ、恋愛じゃないんだよね。それが悪いとは言わないけど、じゃあ何で夫婦になったんだろう……みたいな」

「恋愛したーい。子供出来たら余計に恋愛っぽさはどっかいくよね。あくまで家族になっちゃって。子供が居るから仕方ないけど、でもやっぱり女として見られたいし、いつまでも恋してたい」


 隣の会話に少なからず共感してしまう。私もいつからか、一緒に居るのが当たり前になってしまった。
 いつから相手に恋をしてなかっただろう。好きだった。別れたくなかった。結婚したかった。
 ずっと一緒に居たから当たり前にこの先も一緒に居るだろうと思っていた。
 結婚適齢期が過ぎた。けど今は彼氏が居て、このままこの人と結婚するのだろうと思っていた。未来予想図は描けた。なんとなく子供が居て、2人で育ててっていう、そんな簡単なやつ。だからと言って老後が想像出来る訳じゃなかったけど、今までこれだけ一緒に居たんだからこの先も当たり前に一緒に居るんだと。でもそれだけだったと思う。
 好きだった。今でもまだ好きだ。多分。けれど別れを告げられた時、結婚する気はないと言われた時、どこか納得した自分が居た。どこかで解放された様な自分が居た。現実を見るのを避けていただけで本当はあっちが自分と結婚する気なんてない事をずっと前からわかっていんだ。

 グラスに半分残っていたビールを一気に飲み干す。ぬるくなったそれはいつもより苦く感じた。
 

「でも恋するだけが結婚じゃなくない?私は結婚してからが本番だと思うけどなぁ」


 隣の女子会メンバーの中で、ずっと静かに聞いて居た1人が口を開いた。

「どういう事?」

「結婚したら確かに恋はしなくなっちゃうけど、でも愛は残るじゃん?恋愛から恋が取られるだけで、愛は残るんだよ。むしろ恋愛から愛に育つ?じゃん?恋って儚いし、不安定だけど、愛は不滅なの。むしろ結婚って、恋から愛への変換期だと思うわけ。だから、恋したいって思ってるうちは結婚じゃないんだよ。むしろ恋愛じゃなくなっても、その人と一緒に居たいと思って、その人の汚い所も全部好きになってからが結婚の本番って訳よ!」

「深い〜。なんか深いこと言ってる気がする。全く理解出来ないけど」
 
「恋じゃなくて愛って話ね。愛してるから、旦那の嫌な所も許せるって話でしょ」
 
「普通に愛とか恥ずかし過ぎー!旦那の事愛してるかって言われる怪しいけど」


 その1人の言葉にやんややんやと、また話が盛り上がる。今度は初恋がどうの、旦那との出会いが何で最近とのギャップなんて事に話がシフトした様だ。
 何処の誰かも知らない隣の席の女の一見深そうな言葉が、けれど今の私には刺さっていた。
 一緒に居たから、結婚適齢期が過ぎたから、そんな理由で結婚したかっただけだった。いつからか相手に恋する気持ちすら忘れて居て、かと言って愛して居た訳でもなかった。惰性の関係。私は惰性で8年も一緒に居たのかと思うと悔しくなる。けど、考え方を変えれば8年で済んだのだ。この先愛する事ができない相手と結婚しなかっただけ良かったと、勉強の8年だったと考えれば安いもんだ。
 そうは言っても、やはり女の旬の8年はデカいよな。デカいよ。

「すみませーん!ビールおかわり下さい!」

店員の元気な返事の直後、新しいジョッキが目の前におかれる。空になったジョッキと皿を下げていく若い女の子の背中を横目に一口付けた。
 あの子は大学生のアルバイトかな。付き合っている人は居るんだろうか。私の様に未来を漠然と考えて居るんだろうか。
 そんな事知る由も無いけれど、こういうところで働けば嫌でも男女の話を聞いて勉強してそうだ。私の様な失敗はしないで欲しい。
 すっかり冷めた煮物を突きながら隣の女子会の会話を聞く。恋愛から恋を引いたら愛になるらしいが、残った愛に恋は全く入ってないんだろうか。いつまでも相手に恋し続けているのが夫婦円満の秘訣、なんて話も聞くけどどうなんだろう。それとこれとは別の話?そもそも酔っ払いの言葉を当たり前に受け入れるのもどうなんだろう。

 愛が欲しかった。恋をしていたかった。いつの間にか恋愛が恋愛でなくなっていた私は、今からでも取り返せるだろうか。本当の恋をして、本当の愛を見つけられるだろうか。
 でも、隣の会話を聞く限り結婚も思った程幸せなものでは無いのかもしれない。恋をし続けるのが楽しいのか、結婚して愛を見つけるのが幸せなのか。結局それも相手次第なのか。
 いや、自分の考え方次第なんだろう。

 私は本日8年付き合った彼氏に振られた哀れなアラサー女。2ヶ月後、元彼が交際0日婚をして結婚なんてするかと思う事をまだ知らない。



#愛-恋=?

10/15/2025, 2:06:40 PM