ホシツキ@フィクション

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毎日人がごった返す新宿駅。
私は新宿駅から比較的近い場所に勤めていた。

朝から夜まで、24時間何かしらの雑音が流れている。
人々のざわめき、車のクラクション、電車の音。

20歳になって初めて田舎から出てきた私には、そのあまりにも多い人混みとざわめきに最初はドキドキしていた。

あぁ、これが東京!

おのぼりさんもいいとこだ。高いビルに沢山の店、ちょっと待てばすぐ来る電車。その全てに興奮していた。

だが東京に来て1ヶ月でその高揚感は消え去った。
飽きたし、なによりうるさい。
ただの雑音と化していた。

ブラック企業で会社から帰るのは良くて23時、酷い時には終電も無く、警備の関係上会社で寝泊まりは出来ないため、
その辺のネカフェで過ごすこともしばしば。

朝ぶわっと駅から出てくる人々を見ていると、
『私一人が居なくなっても大丈夫だな。』
と思った。
こんなに沢山の人がいるのに、物凄く孤独を感じた。


『いなくなってみようかな。』

とある月曜日の朝、私はふとそんなことを考えた。
でも仕事は山積み。そう簡単にはいかないだろう。
一瞬ちらりとその仕事のことを考えた。

『でも…』

私は限界だった。

今でてきたばかりの駅をUターンし、適当な電車に飛び乗る。
東京駅で乗り換え、田舎の方へ向かう。
電話は鳴りっぱなしだ。

『もういいや』
私は自分のと、会社用のスマホの電源をオフにする。

名前も聞いたこともあまりない場所に行こう。
そうしてたどり着いた場所は、何にもなかった。

車の音は聞こえるが、ざわめきがない。
それだけで救われた気がした。


ふと駅前のマップが載ってる看板に目をやると、この近くに美術館があるらしい。

特に芸術に興味はないが、何となく行ってみることにした。


入館料を払い、中に入る。

シン、と音が聞こえる。
静寂の音だ。

あぁ、なんと心地いいんだ。

館内は平日の午前だからか、人がいない。
聞こえるのは自分の息づかいと足音だけ。

コツン、、コツン、、、


館内に置いてあるベンチに座る。
じわっと足に血が流れている感覚が私を襲う。
『あぁ、疲れた……生きてる……』


顔を上げると、遠くから小さなお婆さんが来た。
ゆっくりゆっくり歩いてくる。

『なんだかどこかで見た事あるような…?』

いや、私はこの街に初めて来た。知ってる人なんているわけがない。

お婆さんは私の前に立ち止まると小声でこう言った。

「疲れたのかい?大丈夫?」
「…はい。」思わず私も小声で返事をした。


「初めて見る顔だね、どこから来たの?」
「東京です。」
ほぉ、と驚いた顔をしたあと、ニコリと優しい笑みを浮かべる。

「見たところ、本当に疲れているみたいだね、ここは大丈夫。安心しなさい。」

“大丈夫”と“安心”だなんて久しぶりに聞いた言葉だ。

会社でも「大丈夫?」という言葉はかけられたことがない。
気づけば私は涙していた。

静かな館内に私のすすり泣く声が響く。

お婆さんは私の横に座り、背中をさする。

「大丈夫、大丈夫、貴女はもう大丈夫よ。」

そう言った後、お婆さんは急に抱きしめてきた。
シワシワでカサカサの手が私の肩を包む。
不思議と涙はピタリと止まった。


あったかい…。


そう思った瞬間、また、シン、と聞こえた。
隣を見ると、お婆さんは居なかった。

別に怖くはなかった。むしろ心がぽかぽかしている。
「ありがとうございます」
と私は呟いた。

きっとあのお婆さんは “静寂 ”だったのだ。
疲れた人々を癒す、この部屋の静寂。

「私はもう、大丈夫。」
自分とお婆さんに言い聞かせるようにそう呟いた。

私は温かい気持ちのまま、美術館を後にした。


あのお婆さんの既視感。
自分の実家で感じていた感覚だ。

「また会えるんだ。」



私は東京の方へ向かう電車に軽い足取りで飛び乗った。


【静寂に包まれた部屋】~完~


私も静寂好きです。静寂のある部屋、それは自分の家のトイレです。
誰にも邪魔されない、狭くて静かな部屋。
お布団、コタツに次ぐ落ち着く場所です。
あ、でも最近部屋にテント張ったのでそこも落ち着きます。

9/29/2022, 12:46:32 PM