薄墨

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暖かい布団の中で、目だけが冴えている。
四方は真っ暗闇が支配している。
当たり前だ。深夜なんだから。
そろそろ空が白んでくる頃合いだ。

布団の中で寝返りを打ち、スマホのブルーライトで表現された時間を見る。
青白い光が、午前3時を示している。

眠れない。
眠れない。
なぜ眠れないかはよく分からない。

眠れないほど心配があるわけじゃなし。
眠れないほど辛いわけじゃなし。

なにしろ、私は苦しみたくないので、無我の境地に行こうと思った人間なのだ。
足るを知ろうと思った人間なのだ。

愛読書は『高瀬舟』だし、法華経とか四諦とかがマイバイブル。
向上心は仕事などのプライドを持つべきところで発揮して、プライベートではかなぐり捨てろ。これが私のポリシーだ。

何事も思い通りに行かなくたって仕方ないと諦めているし、それが悟りだと知っている。
だから、別に困り事は、その時々に「ちょっと困るなあ」と思うくらいで、私の人生にとっては重大な困り事ではない。

しかし、眠れない。
眠れないほどのことがないから、眠れないのだ。

どうやら私は、眠れないほど気楽らしい。
気楽すぎて眠れないことがあるだろうか。あるのだ。
現に私は眠れない。
深夜に、形だけは眠りながら、夜闇を見つめて夜を明かす。
それが、私の1日だ。

どうせ眠れないなら、何かしようか、と思うこともある。
思うことがあるだけで、しない。
だって、それほど切羽詰まってやろうと思うことも、ほとんどないのだから。

だから私は、夜は夜の闇をぼんやり楽しみながら、考え込むことに使っている。
瞑想、的な。
これがどうして、結構楽しいのだ。

眠れないほどの気楽さで、眠れない夜を明かす。
気がついたら、もう一時間が経とうとしている。
窓の外の空の端が、微かに白む。

朝がやってくる。

12/5/2024, 11:14:48 PM