『心の迷路』
青春を謳歌していた思春期の夏休み。
俺の世界に天使が舞い降りた。
手を伸ばすことすらおこがましい。
出会ったときから、彼女はずっと孤高の存在だった。
茹だるような夏の日差しを、負けず嫌いの雲が覆ったあの日。
板挟みになった空が涙した日に、天使が気まぐれに俺の世界で羽を休めた。
小さな恩を押しつけて、少しずつ彼女を追いつめていく。
罪悪感を抱かせない程度に甘やかして。
飼い慣らさない程度に餌を与えて。
飛ぶために差し支えない程度に羽の手入れをして。
外敵から彼女を遠ざけるためになんでもした。
いろいろなものを無視しながら。
*
寝支度をすませたあとの、ちょっとしたインターバル。
彼女の自宅のリビングのソファで、俺たちは横並びに座っていた。
小難しそうな本をめくる彼女と、携帯電話でSNSを眺める俺。
はー……。
ちっちゃくてかわいい。
大学では隠している青銀の髪と瑠璃色の瞳。
まだ見慣れない彼女の素顔に、俺は悶々としていた。
触りたい。
ふたりきりの男女の空間で寝支度をすませた夜ふけに、その欲求は自然なものであるはずだ。
「あの……」
「なに?」
無垢で無防備で純度の高い瑠璃色の澄ました瞳が俺を捉える。
察することも駆け引きもできない彼女相手に、無言で迫ることなどできなかった。
「触……っても、いいですか?」
結局、ストレートに欲求をぶつけてしまう。
「えっ!?」
「嫌ならすぐにやめますから」
これでは同意を得るためではなく、背徳感の溜飲を下げるための宣言だ。
彼女からの返事は聞けていない。
それにもかかわらず、着ているシャツの下に手を忍ばせ、素肌に触れた。
俺とは違う柔らかくて指にしっとりと吸いつく感触が心地いい。
「わ……、わわっ……」
戸惑いがちに彼女がかわいらしく声を溢すものだから、つい夢中になりすぎてしまった。
ひくひくと震えるかわいいお臍に手を伸ばしたとき、彼女が慌てて声をあげる。
「やっ。ちょ……っ! ダメっ。ま、待って!」
はっきりとした拒絶に我にかえった。
しまった。
没頭しすぎて調子に乗りすぎた。
真っ赤な顔で涙ぐむ姿を目の当たりにして、触れていた素肌から手を離す。
「すみません、すぐに気がつけなくて。怖がらせてしまいましたか?」
忙しなく肩を上下させ、必死に酸素を取り込む彼女を見下ろした。
余裕なく乱れた呼吸は俺の耳に生々しく響いて心拍数を上げていく。
乱れた髪。
濡れた睫毛。
紅潮した頬。
潤いを帯びた唇。
全てが俺に向けられているものだと思うと理性が瓦解していった。
たくし上げたシャツから露わになった鍛え上げられた腹筋は、今も艶かしく揺れている。
ウエストからずり降ろしたハーフパンツのせいで、黒いスポーツ用のショーツがガッツリ視界に飛び込んできた。
……かわ、いぃ……。
嫌がられたことにはものすごく傷ついたが、この画角は眼福である。
「や、その……っ」
瑠璃色の瞳は恍惚としながら俺の様子をうかがっているのに、目が合えば恥ずかしそうに逸らされてしまった。
その瞳を強引に絡めて俺を求めさせたら、彼女はさらに動揺してくれるのだろうか。
「これ、イヤじゃなかったら……、どうなるの、か……だけ、教えてほしくて……」
「え?」
どうにかして、いいのか?
「そうですね、できれば……」
甘やかな雰囲気に、ゾクゾクと下腹部に期待が昂っていく。
「俺は、あなたとひとつになりたいです」
「あっ」
ショーツのゴムの隙間に指先を忍ばせれば、さすがに察した彼女が俺から目を逸らした。
「こ、ここで……?」
視界を忙しなく泳がせたあと、最終的に彼女の視線はソファの背もたれに行きついた。
このまま明るいリビングで、逃げ場の少ない狭いソファで彼女をよがらせるのも悪くない。
「あなたが許してくれるなら、ベッドでお願いできませんか?」
「……っ」
緊張で強張りながらも、彼女は小さくうなずいてくれた。
俺を許してくれた彼女の薄桃色の唇をさらう。
11/12/2025, 11:44:12 PM