中宮雷火

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【ラストノート】

夢の中には、オトウサンがいた。
私は驚きつつも、意外と冷静でいた。
夢の中だから、そこのところの感覚が麻痺しているのかもしれない。
オトウサンは手に余るほど大きなサルビアの花束を抱えて歩き出した。
慌てて私も後を追った。

気がつけば海に来ていた。
柔らかい青空に穏やかな海。
近くの大きな流木に、2人並んで座った。
話すこと無く、ただ静かに風景を眺めていた。
波がザァーッと音を立てる。
私の家は港町にあるから、聞き覚えのある音だ。
しかし、いつもよりも惹かれる音だった。

次に訪れたのはひまわり畑。
私が唯一覚えている、オトウサンとの思い出の場所。
私はひまわり畑の中を走り回った。
かつてのように。
ひまわり達を掻き分けて進んでいく。
空は鮮やかな青色。
オトウサンのほうを振り返ると、微笑んで立っていた。
赤いサルビアがよく目立つ。
『次は此処でギター弾いてあげるからな』
あの日の言葉が蘇った。
……ああ、
ああ、思い出した。
オトウサンの声。
そう、風のように爽やかな声だったんだよ。
やっと、やっと思い出せた!
その瞬間、突風が吹き荒れた。

顔を上げると、病院の屋上にいた。
オトウサンは小さな塀の上に立っていて、今にも飛び降りてしまうのではないかとヒヤヒヤした。
しかし、当の本人は怖がる様子も無く、手を大きく開き、全身で風を受け止めているように見えた。
私は何もすることができず、棒立ちだった。

今度は夜の公園。
私達以外には誰も居ない。
ただ、無機質な外灯が辺りを白く染めていた。
ジャングルジムに登って、ブランコに絡まって、滑り台のいちばん上に登って。
それはまるでかくれんぼのように、貴方と私は噛み合っているようにすれ違っていた。
私はやっと声を出した。
「オトウサン、」
オトウサンは振り返った。
悲しそうに、寂しそうに、でも愛おしそうに。
「私、オトウサンのことをやっと知れたよ。」
別にそんなこと言うつもりは無かったのに。
口は、私が思うより勝手に動いていた。
「私、オトウサンの名前を素直に呼べる気がする。」
オトウサンはニコッと笑った。
「良かったよ、海愛」
私にとって、最初で最後。
オトウサンに名前を呼んでもらえたこと。
これが私への遺言であること。
そのメッセージを心で受け止めながら、サルビアの香りが鼻を染めながら、私は悟った。
これで、終わりなんだな。

目が覚めた。
5秒ほど、何がどうなっているのか分からなかった。
しかし、私がオトウサンと永遠の別れを告げたと理解した途端、左目から涙が溢れてきた。
ああ、もう終わりなんだな。
オトウサンのことを知る旅は終わりなんだ。
右目からも涙が溢れてきた。
良かった、最後にオトウサンに会えて。
最後に会いに来てくれて、ありがとう。
私はただ泣くことしかできず、でもそれは嫌なことだと思わなかった。

鼻にはサルビアの香りがまだ残っていた。

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2010/12/21
きのう、さいごの歌をつくった。
もう、今日で死ぬんじゃないかと思っていたけれど、今日も生きている。
でも、今日でさいごかもしれない。
もしかすると、あしたも生きるのかもしれない。
わからない。
わからないけど、さみしい。
ずっと嫌で、こんな生活が辛くて、何度も死にたくなったし死のうと思った。
でも、できなかった。
ぼくはどこまでも生きたがりの人だった。
だけどもう長くないとしった。
ここまでくると、もう腹をくくっている自分がいる。
そして、せめてぼくの大切な人達には生きてほしいと、ただそれだけを願うばかりである。
ああ、雪がきれいだ。
しんしんとふっている。
美しい。
色々な思い出が見えるようだ。
やっぱり、もう少しだけ生きたかった。
春を迎えたい。
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それは「銀世界」という言葉が似合う2010年12月21日。
午後3時33分のこと。
オトウサンは大切な人を思い浮かべながら、天国へと旅立ったのだ。

11/7/2024, 10:42:42 AM