オツワイ

Open App

【凍てつく星空】
冬・極寒・外・夜・暗闇・星・流星・隕石・綺麗・スケート・南極・北極・氷・オーロラ

 後悔していた。こんな面倒なことになるとは本当、少しも思っていなかった。
 ちょっとした気の迷いだ。帰宅部なんて言ったら早速浮いてしまうに決まっている。と、そんなどこで学んだかもわからない固定概念にやられて、廃部寸前の天文部に入ったのが8ヶ月前。そして、活動実績のために駆り出されたのが今。
 なんてったってこんなクソ寒い冬の日に星なんか見なきゃいけないんだ。星なんてどこでも見られるだろうに。
 冷え切った心の俺を目にもしないで、目の前の少女は、くるくると舞う。ありきたりな感情表現だ。嬉しいからってそうも舞うかね。体もよく動くものだ。こうも寒いと、体を動かすも億劫だろうに。

 まぁともかく、
 「あんま回らないでくれ」
 「……?どして?」
 「寒いから」
 回るたびに風が生まれるのだ。痛覚なんてとうに麻痺しているから、風が吹いているいないでそんなに変わらない。それでも、気持ちの問題だ。

 大きくため息を吐きかけて、息を飲み込んだ。さっき学んだのだ。ため息を吐くと、その後吸う動作が必要になる。外の空気はめちゃくちゃ冷たい。吸わないで済むように、吐かないようにしようとさっき学んだのだ。

 「と、この辺りかな……」
 いいつつ、少女は地図を広げた。俺たちが目指しているのは、木造の天文台。天文台までに一つ大きな分かれ道があるはずだが、まだ見つかってない。だいぶ歩いてきたし、目印とした中腹の売店を超えて、そろそろなはずなのだが。
 「ま、歩いてりゃ看板でもあるんじゃね」
 適当にそう返す。俺は地図を見る暇があったらとりあえず歩く派だ。立ち止まる時間が面倒だからな。
 だから俺とこいつはやっぱりソリが合わないらしい。
 「うーん、でも心配じゃない?」
 と言いながら、少女はスマホを取り出した。流石現代っ子。紙の地図はうまく読めなかったらしい。
 なんて、実のところ俺も上手く読めない。というか、ここの地図はあまりにも読みにくい。田舎の小さな天文台だし、観光客誘致を考えてないんだろう。適当に作ったのが目に見えている。

 「そろそろ分かったか?」
 「うーん」
 どうやらまだダメそうだ。このままじゃ埒が開かない。いくら頭より足だとはいえ、団体行動ではそうもいかない。仕方ないから俺も地図を見てやるか。
 背負ったリュックから地図を取り出そうとしてやめた。コイツから預かった望遠鏡の部品もあるし、背負ったまま取り出すのは面倒だ。わざわざリュックを前に持ってきて探すにも、それで手に入るのは杜撰な地図。なら最初からスマホでいい。
 ポケットにスッと収まるのがスマホのいいところだよな。そのまま顔認証でいつも通り操作する。
 調べると、確かに違和感がある。今見ている景色と、実際に地図アプリに表示される景色が違っている。でも、こんな景色一度も通ってないんだよな……
 頭を捻りながら顔を上げると、困り眉でこちらを見つめる顔があった。
 「どうした?」
 「うーん、いや、勘違いだったらいいんだけどさ……」
 前置きを一つおいて、言い出しにくそうに、
 「私たち、分かれ道通り過ぎてない?」

___

 「わお」
 これまたありきたりな感嘆の声を聞いた。

 やられた。まさかこんな罠があったとは。
 来た道を戻ると、分かれ道を見つけた。天文台に続く道は伸びた草木で覆われて見つけ辛くなっていた。

 「やっちゃいましたな」
 能天気に告げる彼女に、返す言葉もなかった。早く頂上について休みたい。
 元々俺は出不精で体力のない陰キャだ。彼女の陽のオーラを浴びた時点で溶けそうなのに、まだまだ先は長いのだから。
___ 

 頂上についた。分かれ道から随分長く感じた。
 迷った分、到着する予定とは随分ずれた。お陰様というべきか、空は星を見るにはちょうどよく暗かった。

 ま、問題は機材を設置している間にもピークタイムは過ぎていくことだ。
 ま、俺にはとってはどうでもいいことだ。

 「しまったなぁ……」
 落ち込んでいる彼女に取っては違うらしいが。
 それにしても、何があっても楽しそうにしてる彼女がこうも落ち込むのは珍しい。いつもは軽々しく冗談めかして笑い飛ばすのに、肩が落ち込んでいるように見えた。
 「まぁ、夜はまだまだ長いし、今から準備しても遅くないんじゃないか?」
 正直、俺には星空を取り続ける理由は分からない。今日の星空が数分数時間で劇的に変わるわけでもない。
 それでも、今日の計画を立てている時に彼女が見せた真剣さは本当のものだった。彼女なりに何かあるんだろう。とは思う。それを分かる日は多分来ないんだろうけど。

 「今、星なんていつ見ても同じだと思ったでしょ」
 そんなことを考えていると、心を読まれてしまった。
 大袈裟に頬をさすって気にしてみるフリをした。
 「顔には書いてなかったよ。つまらないなー。とは書いてたけど」
 「そりゃすまん」
 実際、今日も渋々来ただけだし、顔には出てしまっていただろう。
 「圭太くんも男の子なんだから、もうちょっと女子の扱い方を学んでもいいと思うよ」
 「へーへー。どうせ俺には彼女なんてできませんよ〜だ」
 「そういう意味じゃないんだけどなぁ……」
 納得いかないように言ってから、彼女はリュックの中身を出し始めた。文句は言っていたが、機材は組み立てるらしい。
 そりゃそうか、ここまで来て写真も撮らずに帰ったら、実績不十分で廃部だしな。

 ぼーっと眺めていると、突然彼女の顔が目の前に現れた。

 「……なんだよ」
 「なんだよ。じゃないよ!!」
 そりゃ俺の真似か?誇張しすぎだと思うが……
 「部品!」
 「部品?」
 「圭太くんにも持ってもらってたでしょ?」
 ああそっか、重そうにしてたから一部だけ預かったんだったか。
 「すまん」
 そう言いつつ、丁重にリュックを下ろす。中から部品を取り出して全部渡した。

 部品を一つ一つ確認して、何も無くなっていないと分かったのだろう。彼女は一つ頷いて、黙々と望遠鏡を組み立て始めた。

 「あのさ」
 「何?」
 「どうしてそうまでして星を見たいんだ?」
 そういうと、彼女はこちらを見て不思議そうに首を傾げた。聞かずとも分かると言いたげだった。
 教えてやりたい。みんなはそんなに星が好きでもないのだと。

 「じゃ、圭太くんはどうして天文部に入ったの?」
 「質問を質問で返すなよ……ま、天文部ガチ勢のお前の前で言うのもなんだが、部活動に入った実績が欲しくてな。それだけだ。……どうした?」
 気づけば、彼女の頬は膨れていた。

 「もしかしてさ、私の名前覚えてない?」
 「え、なんでだよ」
 「お前って呼ぶから」
 「……」

 事実、俺は彼女の名前を覚えていない。入部した時と、こないだ幽霊部員の俺を呼びに来た時、その2回しか名乗られていないから覚えてないのだ。
 図星を食らって黙り込んでいると、彼女は自己紹介を始めた。

 「私の名前は、如月星奈。有賀原中学の1年。廃部寸前の天文部に1人で入部した。1人だけじゃ部活として認められなかったから、その辺をつまらなそうに歩いていた男の子を誘ってなんとか存続させた」
 え、それって俺か?あれ、そうだっけか?
 「もちろん、その男の子は圭太くんのことだよ。圭太くんは酷い男の子だから私のことなんて覚えてなかったみたいだけど」
 「それはごめんって」
 「まぁ良いんだけどね。そうして私は、天文部員として活動を始めた。私のお父さんは私が幼い頃に死んじゃってさ。物心つく前だったから、どんな人だったかも知らない。でも星が誰よりも好きだったってお母さんが言ってて。私も星を見たら分かるんじゃないかって思ったの」

 面食らった。何も考えていないもんだと思っていたから、深い理由があったことに驚いた。
 正直なんで返せばいいのか分からない。

 「そっか、それでおま」睨まれる。「……如月さんは、星にそこまでご執心なんだな」
 如月さんは聖奈で良いのに、なんて言いながら空を見上げた。
 「でもね、分からないことがあるの」
 「それだけ星を見てきたのにか?」
 「ううん、星を見てきたからかも」

 「お父さんが、星のどこを好きだと思ったのか。圭太くんの言う通り、星なんていつ見ても対して変わらない」
 「言った覚えはないけどな」
 「細かいことはいいの。昨日光り輝いていた星が突然消えることはないし、落ちてきたりすることもない。何かを願ったって叶うことすらないんだよ」

 一息ついて、彼女は夜空を見上げた。望遠鏡を通さず、自身の目で。悲しい目をしていた。どれだけ思っても届かない想いを、遠くを見つめていた。
 「お父さんは、星の何がそんなに好きだったのかなぁ……」

 その時、俺は気付いた。悲しそうに空を見つめる彼女と、星が散らばる夜空の綺麗さを。

 ……このまま時が凍ってしまえばいいのに。



 書いていて、主人公とヒロインの父親が星を綺麗だと思った理由が同じだと面白いなと思った。星自体を綺麗と思ったと言うよりは、星とそれを取り巻く風景や人々を美しいと思った。みたいな。
 また、しばらくしたら改訂したいが、その時は主人公の設定や描写をもう少し詳しくしたい。今回は主人公がヒロインに心惹かれていくまでが綺麗に描けなかった。主人公がヒロインに共感できる部分を作ればもう少し心情の変化が自然に感じられると思う。

12/2/2025, 5:47:50 AM